2023年2月14日火曜日

『新ふしぎなふしぎな物語』三橋一夫

NEW !

盛林堂ミステリアス文庫
2022年年12月発売




★★      原点回帰のような




文芸評論家で、なおかつ翻訳者でもある吉田健一のもとに預けられていた三橋一夫の未発表草稿を一冊にまとめたものらしい。すべての草稿に脱稿日が記していないから全部がそうだと断定はできないが、昭和30年代の終わり頃に書かれたものっぽい。ここに収められた各短篇は、三橋の代表作であるしぎ小説〟シリーズのunreleased materialと思って下さればよいのである。

 

 

「山鳩」

「再婚通知」

「こうだん風砲」

「峠から来た客」

「水居の人」

「道化面のペンダント」

「一つの眼」

「候氏」

「鈴石」

「鏡影」

 

 

相変わらず天狗が出てきたり(「峠から来た客」)キツネが出てきたり(「水居の人」、昭和のむかし話みたいな内容には全然私は惹かれない。とはいえトップに置かれた「山鳩」には、私の嫌いな三橋の年寄り臭さが感じられず、端整で文学的で、中学高校の国語の教科書に使われてもおかしくないような気さえした。

 

 

後年の三橋は吉田健一の力を借りて、それまでの貸本隆盛期に主戦場だった倶楽部雑誌とは真逆の『オール讀物』みたいな王道文芸誌へ進出したかったのでは?と解説では述べているが、この「山鳩」なんかは特にそんな三橋の意志を感じる。それと、ここに収められた短篇の多くが湘南地区を舞台にしており〝湘南小説〟といった趣きも少しある。

 

 

最後の「鏡影」だけは犯罪もあるし、オチの出来はまあともかく薄気味悪いジギルとハイドみたいな黒いマントの男の正体をめぐり、最後まで興味を引っ張ってくれるので楽しめた。同じ意味で「鈴石」も、行き遅れてしまった三十女の道枝が、本当は気の良い男なのに一度キレると暴力沙汰を起こしてしまう祐造と結婚したのはいいが、彼女の献身をもってしても祐造の短気は犯罪を起こしてしまうのか?そんなサスペンスがほんのり忍ばせてある。

 

 

未発表とはいえ、これまで春陽文庫や出版芸術社から刊行されてきた三橋一夫の〝ふしぎ小説〟シリーズを好きな人なら問題なく楽しめる内容。

 

 

 

(銀) この作家を特に好きではない私が言うのもなんだが、三橋一夫が現行本で出るとなるといっつも森英俊と日下三蔵が関わってくるんだな。三橋も不幸な作家だ。今回の草稿は吉田健一の遺族が神奈川近代文学館に寄贈したもので、それを森英俊が文学館側から許可をもらって全て目を通し盛林堂からの刊行にこぎつけたという。古本でアコギに甘い汁を吸いまくっている人間に貴重な草稿を開放しちゃって、神奈川近代文学館も不用心じゃね?人は選ばないと。