2023年7月13日木曜日

春秋社と神田豊穂一族

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戦前のある時期、国内外作品問わず探偵小説の単行本を積極的に刊行する春秋社という出版社があった。これまで当Blogでも春秋社の本を何冊か取り上げている(本日の記事の一番下のほうにある■ 春秋社 関連記事 ■のリンクを参照)。先日なにげなく「web春秋 はるとあき」と冠するサイトが存在しているのを発見した。その中に【こころざし 風雪九十四年 「春秋社」小史】と題されたエッセイが載っており、執筆者の名は神田有。春秋社・・・神田・・・これはもしかしたら・・・。

 

 

そのエッセイ【こころざし 風雪九十四年 「春秋社」小史】を読んでゆくと、やはりこの神田有氏は春秋社を創業した神田豊穂のお孫さんにあたり、雑誌『探偵春秋』の編集長だった神田澄二(神田豊穂次男)を父にもつ方であった。ちなみに春秋社の現社長は神田有氏とはいとこ関係にある神田明氏。あとでゆっくりこちら(⤵)のリンクより、現在の春秋社公式サイトを御覧頂きたい。

 

【こころざし 風雪九十四年 「春秋社」小史】 

 

NHK『ファミリーヒストリー』にて講談師・神田伯山の先祖を特集した回が2020年にオンエアされたそうなのだが、松之丞の頃から彼には好感をもっていたのにすっかり見損ねていた。なんでも伯山の曽祖父は神田豊穂と共に春秋社を立ち上げた古舘清太郎だそうで神田有/神田明両氏揃って番組に出演されたという。そもそも伯山は江戸川乱歩が明智小五郎のモデルに見立てたかの五代目神田伯龍と縁浅からぬ男なのだし、『ファミリーヒストリー』を見逃したのは大失敗。いつか再放送される機会があったら必ず録画せねば。

 

 

 

さてさて春秋社と神田豊穂/神田澄二親子関連で押さえておくべきサイトがもうひとつある。

 

【夢野久作『ドグラ・マグラ』出版前後―神田豊穂・澄二書簡から見た出版経緯】 (☜)

 

筆者はいわずとしれた探偵小説研究者・大鷹涼子。これは2008年の『岡山大学大学院社会文化科学研究科紀要』第26号に発表された論説。現在ネットで自由に閲覧可能。氏は以前より夢野久作に関する書簡について研究を行っており、ここで解析の対象になっている夢野久作宛ての書簡は神田豊穂からのもの八通、神田澄二からのもの七通。いずれも『ドグラ・マグラ』刊行の舞台裏ばかりではなく見落とし厳禁情報が満載。



博文館では刊行を断られ新潮社でも話が途中で立ち消えになってしまっていた厄介ものの「ドグラ・マグラ」に対し、太っ腹の神田親子がドンと引き受けたとはいえ、神田豊穂会長は「〝阿呆陀羅経〟がさすがにクドすぎるのでずっと短く縮めてはくれないか」と久作に告げる。あれほど狂気じみた文章は過去に前例が無く、春秋社からすれば『ドグラ・マグラ』が同社探偵小説本の切り込み隊長になるのだから、慎重にならざるをえなかった。

 

 

柳田泉が『ドグラ・マグラ』の校正をやっているのも注意を引く。神田豊穂曰く「〝忠君愛国〟〝延喜の御代〟、あとエログロなところには多少伏字の✕✕✕表記が入ることを御覚悟願います」と通達。それらの該当する箇所はどこなのか大鷹涼子が示してくれているので、各自お手持ちの『ドグラ・マグラ』を見てみましょうね。刊行後にも澄二は警視庁から「〝聖徳太子〟の四文字を削れ」とのお達しを受けており、昔も今も自主規制漬けな日本人の国民性がちゃんちゃらオカシイ。

 

 

世の中にはその作家や作品をどれだけ好きかポエムよろしく自分に酔っているだけの評論もどきが多いけれど、大鷹涼子の論説は非常に読み甲斐があり、(私にとっては数少ない)いつの時も信頼できる論者だ。以上、ネットでの閲覧とはいうものの春秋社に関するこの二つのコンテンツはすこぶる楽しめた。

 

 

 

(銀) 残念ながら春秋社が探偵小説と関わったのは戦前のほんの数年間、しかもなおかつ空襲によって貴重な当時の本は根こそぎ失われてしまった。願わくば神田明社長と神田有氏にリクエストしたいのだが、現在確認できる豊穂/澄二両氏の全ての文章のアーカイブ、更に明氏と有氏が書き下ろした回想を収録する、春秋社と探偵小説の蜜月を纏めた本を一冊作ってはもらえないだろうか?多少価格が高くなっても絶対私は買いますよ。



   春秋社 関連記事 ■

 

『臨海荘事件』多々羅四郎  ★★★★  戦前のアマチュアが挑戦した本格長篇 (☜)

 

『折蘆』木々高太郎  ★★★  評価に困る代表作 (☜)

 

『トレント自身の事件』E・C・ベントレイ/露下弴(訳)  

★★★  シャンパンのコルクを調べるシーンが好き (☜)

 

『聖フオリアン寺院の首吊男』ジョルジュ・シメノン/伊東鋭太郎(訳)  

★★★  これに比べると乱歩の「幽鬼の塔」はよく書けている (☜)