2023年7月11日火曜日

手塚治虫作品をスポイルする自主規制の元を追ってみた

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国書刊行会という会社は旧い作品をよみがえらせる企画が多いから、要らぬ自主規制で表現を捻じ曲げるような出版社ではないと私は思っているけれども、常に絶対そうだとは言い切れない。同社『アドルフに告ぐ/オリジナル版』は売り文句どおり、初出誌『週刊文春』に連載された時のまま改変箇所もなく編集されているのか、当時『文春』を毎週読んでなかったし初刊本も手元にないので判断ができぬ。はてどうしたものか・・・・と行き詰ったところで前回の記事☜)は終わっていた。そのつづき。



一言申しておく。2023613日記事の『火の鳥〈オリジナル版〉/04鳳凰編』、前回・前々回の『奇子』新旧単行本比較、そして今回と、手塚治虫作品の復刊について述べているが、私が気にしているのは発表当時の本来あるべき表現に対し、ポリティカル・コレクトネスの名のもとに不審な改変がされていないかどうか、この一点のみ。手塚が初刊だけでなく自作リイシューの折にふれ納得いかない部分に手を加えていたとはいえ、自主規制/言葉狩りに該当しない異同については検証の対象にしていない。くれぐれもお間違えのないよう。

 

 

本題に戻る。うだうだ逡巡していたところ、運良くとても参考になるブログを発見した。それがこちら。

 

「はなバルーンblog」☜)

 

このブログの管理人おおはたさんは昭和のマンガがお好きらしく、近年刊行された手塚治虫本に通じていらっしゃる。手塚治虫カテゴリを中心にブログをじっくり読ませて頂き、大変役に立つ情報を得ることができた。おおはたさんには深く御礼申し上げる。「はなバルーンblog」の文章をそっくりそのまま転載するのもどうかと思われるし、私が抱えている疑問に対し必要最低限のことを下記に引用させてもらった。

 

 

   『どろろ』 秋田書店/サンデーコミックス

初刊にあたるサンデーコミックスは今でもリプリントされ、現行本として流通しているが、ある時点から改変がなされているため、言葉狩りの無いものとなると初期の版を探さねばならない。


 

  『どろろ/手塚治虫トレジャー・ボックス』 国書刊行会

「はなバルーンblog」コメント欄の投稿によれば、手塚治虫トレジャー・ボックス全三巻に語句改変は無さそうとのこと。


 

   『旋風Z・ハリケーンZ/手塚治虫オリジナル版復刻シリーズ』 国書刊行会

〝きちがい〟などの言葉も、そのまま生かされている。


 

   『カラー完全版 ふしぎな少年』 小学館クリエイティブ

小学館クリエイティブは多数の手塚治虫作品を復刻しながら、それらは自主規制が当り前だったのに、この本はいわゆる差別用語とされそうなワードをそのまま収録している(おおはたさんが初出誌未確認ゆえ100%断言はできないけれど、とのこと)。


 

   『三つ目がとおる《オリジナル版》大全集』 復刊ドットコム

言葉狩りがなされている。


 

   『鉄腕アトム《オリジナル版》復刻大全集』

ユニット13まではジェネオン・エンタテインメントから、ユニット47は復刊ドットコムからの刊行。いずれのユニットも言葉狩りがなされている。


 

   『ブラック・ジャック大全集』 復刊ドットコム

言葉狩りだけでなく、『手塚治虫文庫全集』で除外されたエピソード九篇のうち六篇は収録しておきながら、大全集を謳いつつ「指」「植物人間」「快楽の座」の三篇が未収録。これらは手塚プロの意向により、将来も収録する予定なし。


 

   『手塚治虫漫画全集』 講談社

1977年に第一期がスタートし、第四期をもって1997年完結。手塚が亡くなったあと刊行された第四期だけでなく、第三期以前の巻にも言葉狩りされている箇所がある。

 

 

 

以上の事柄を整理して、次のような結論に辿り着いた。

 


 

 手塚治虫が亡くなった翌年の暮、「黒人差別をなくす会」と名乗る人々の攻撃により『手塚治虫漫画全集』第一期~第三期分が出荷停止に追い込まれた前例もあったりしたので、その後の手塚プロは作品を復刊する版元の意向がどうであれ、抗議を受けそうな箇所は自ら進んで闇に葬ってしまう方針を貫いているのではないかと私は疑っていた。だが「はなバルーンblog」を見る限り、そうとばかりも言えないようで、結局のところ出版社の姿勢次第っぽい。

 

 

◆ 私の推測どおり国書刊行会は自主規制/言葉狩りをやってないようで安心した。『アドルフに告ぐ/オリジナル版』にポリコレ改変は無いとみてよかろう。

 

 

◆ 大抵の大手出版社が抗議に弱腰なのは日常茶飯事だとして、復刻が売りの復刊ドットコムが自主規制デフォルトなのは、あれだけぼったくり価格にしておきながらどういうつもりなのか。よくわからないのは小学館クリエイティブ。ちゃんとした本を出してくれるのは嬉しいけれど、それまでずっと言葉狩り本を出していたのに急に方針転換されても、マニアはともかく一般ユーザーはおいそれと気付けないよ。


 

 

『手塚治虫漫画全集』が自主規制されている以上、後発の『手塚治虫文庫全集』も同じ道を歩んでいるのだろうし、平成以降に発売された手塚本は一部の例外を除き、言葉狩りが一律なされていると見做さざるをえない。表現が捻じ曲げられている本を買いたくないのであれば、面倒だが事前リサーチしておく必要がある。例えば「奇子」だったら復刊ドットコムの〈オリジナル版〉は通常の単行本ヴァージョンと異なる初出ヴァージョンを収録しているのだから所有する価値がなくはないが、前回の記事で述べたとおり、しっかり言葉狩りを喰らっているので大っぴらには薦められない。

 

 

では通常の単行本ヴァージョンだと、どの本なら大丈夫なのか?歴代の『奇子』単行本すべてをチェックしていないけれど、ここまで行ってきた検証からして残念ながら1990年以後にリリースされたものはどれもこれも言葉狩りがデフォルトだと思ったほうがいい。唯一買ってもいいのは最も旧い大都社Hard Comicsだが、これにも注意点はある。『下巻/奔流の章』は表カバーの色が前々回の記事にupした臙脂色ではなく明るめな紺色のものもあり、これが第一世代の版。臙脂色は第二世代。価格変更する毎に改版しているようだが、表カバーが奇子の泣き顔であればOK




 

 大都社Hard Comics『奇子』(下巻/奔流の章)第一世代の版





ところが大都社Hard Comics版にはガラッとカバーデザインを変更した第三世代の版も存在し、奥付が昭和6012月初版となっている。この第三世代は未見だし言葉狩りから逃れられているか時期的にも微妙なので、同じ大都社の本とはいえ自主規制されていないとは言い切れない。言葉狩りされていない『奇子』旧単行本を探す方は、第三世代の大都社Hard Comics版を見つけても慌ててすぐ買わずに、前回の記事にて比較紹介した場面をひとつでも現物チェックした上で入手したほうがよい。



大都社Hard Comics『奇子』第三世代の版


 

 

 (銀) いつも言っていることだが、本でも映像でも本来あるべき表現が改変されたものはすべからく欠陥品だと私は考えている。そんなものを喜んで買ったり抗議の声を上げないから、いつまで経っても自主規制の欠陥品はなくならない。復刊ドットコムの復刊本を気軽に買ってはいけないのがよくわかったのは収穫だった。