2020年12月20日日曜日

『新吉捕物帳』大倉燁子

NEW !

捕物出版(楽天ブックス  POD)
2020年10月発売



★★★★   もっと彼女の新刊(探偵小説)が出ないものか



時代の変化につれてマニアックなジャンルの本は、
従来の出版社から刊行される商業出版のものばかりではなくなってきた。
このBlogでも同人出版の本を紹介しているが、
今回取り上げるのは、商業出版と同人出版の中間の立場で頑張っている〈捕物出版〉という個人出版のインディペンデントなレーベル。

 

 

捕物出版は2018年から稼働開始。
POD(プリント・オン・デマンド)、つまり在庫を持たず、
受注した数量だけを随時印刷・製本して販売するシステムをとっており、
現在のところ捕物出版の本はPODの自社製本機を持っているAmazon.co.jpと楽天ブックス、
そしてHonto経由で購入が可能。あと全国の三省堂書店でも取り寄せ可能との事。

 

 

『大倉燁子探偵小説選』以来ちっとも新刊が出ていなかった大倉燁子の、
昭和2630年の間に書かれはしたが単行本に纏まる機会がなかった時代小説が、
一冊の本になった。捕物出版エライ!
メインは本書のタイトルにもなっている「新吉捕物帳」シリーズ十二篇。


「組屋敷のお化枇杷」「捨て子」「嗤った人形」「不思議な客」

「鏡のない家」「鼈甲の櫛」「二つの親心」「お三輪のゆくえ」

「彼岸花」「藪の中の空屋敷」「恨みの駕籠」「龍紋の平打」

 

そして20201010日に当Blog記事で紹介した「黒門町伝七捕物帳」シリーズのうち、
大倉燁子が担当した「身代り供養」「美女と耳」を収録している。
この他にも彼女の時代ものはもう少し残っているようだが、
それらはどれも本書収録作品を改題しただけなのか、私は知らない。

 

 

元から時代小説に造詣は深くないし、最近は配本がまだ継続している横溝正史の『完本人形佐七捕物帳』しか読んでいないので ❛ お玉が池 ❜の口の悪さに比べると新吉と手先の千太のやりとりは何ともマイルドに見える。そして燁子刀自は探偵小説を書く時、リアルで物理的なトリックよりも心理面の素材を扱う人なので、江戸を舞台にしたヒュ~ドロドロの超自然チックな犯罪スリラーは書き易かったのかもしれない。ていうか、そもそも捕物小説ってその多くは気の利いたトリックが無い時のシャーロック・ホームズ物語みたいなものだしね。
(捕物帳マニアの方々、失礼)


 

 

(銀) 捕物出版の本で持っているのは一番最初に出た納言恭平『七之助捕物帖』と、
横溝正史の『朝顔金太捕物帳』『左門捕物帳・鷺十郎捕物帳』『不知火捕物双紙』。
ここまではAmazonから買っていたけど、もうあそこから買物するのは一切止めたので、
今回は楽天ブックスを利用した。大倉燁子の新刊なので☆をひとつおまけでプラス。



「二つの親心」という話は3頁しかないのだが、これって初出誌の『増刊読切小説集』(荒木書房新社 昭和28年11月刊)発表時からそうなのかな? 本書は解説が付いていないので判断がつかない。

 

 

『新吉捕物帳』は新刊だったからか、オーダーから発送まで五日かかったが全くNo Problem。逆に最近のAmazonは在庫があっても品物が届くまで一週間とか、めちゃくちゃ遅いんでしょ。捕物出版の中の人も「(本の販売システムに対して)Amazonの対応が悪すぎ」とボヤいておられたし、あの会社に関わっていい事なんかひとつも無いから、いっそ捕物出版もAmazonで売るのは止めたらどうですか?




2020年12月19日土曜日

『赤沼三郎探偵小説選』赤沼三郎

2015年11月26日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第92巻
2015年11月発売



★★★★★    一般大衆誌の懸賞小説から




 長篇「悪魔黙示録」未収録ながら一巻ぶん成立できてなにより。すべて短篇だが予期しなかった五目味のラインナップだ。赤沼三郎は福岡人作家と紹介されがちだが、本巻でローカル色が強いのは筑豊炭田坑夫の侠気を書いた「地獄絵」だけ。物語の地を九州に限定せず、都会・外地まで展開しているのが豊潤でよろしい。





昭和8~12年にかけて大衆誌の『サンデー毎日』に投稿した六作は、小酒井不木的なグロい医学ものから空中曲芸スリラーまで多角的。また、赤沼の各篇に評を寄せた当時の千葉亀雄の言は探偵小説読者からすると悉くスベっている。そういえば編者・横井司が解題で二度も故・山下武の赤沼論を皮肉っているのも、ある含みを感じさせる。

 

 

 昭和13年からは『新青年』にも登場、高須気狂病院シリーズ三作の黒いセンスは『サンデー毎日』発表作品と全く異なる手触り。ただ、翌昭和14年以降は時局悪化のせいか『新青年』でも掌編しか書かせてもらえず内容が落ちる。短篇でもある程度の枚数を与えられれば器用に力を発揮できそうなのに、ここでも戦争の陰が赤沼の行く手を阻んだ。

 

 

終戦後「悪魔黙示録」がようやく単行本化されたのはご存じのとおり(現在は光文社文庫『悪魔黙示録 「新青年」一九三八』で読める)。再び筆をとった赤沼、なんとなく情事を素材に扱ったものが多い気がするが、反面「お夏の死」や「目撃者」みたいな昔っぽさは ❛ 戦前の人❜ の血が顔を出したのか。最後の「翡翠湖の悲劇」にも注目。一見、密室殺人犯探しで終了するとみせかけて著者の戦後作において最大のグロ味で肝を冷やさせ、その上・・・・・あとは読んでのお楽しみ。
 

 

 世に出た「悪魔黙示録」は大幅に削られているとはいえ、昭和13年という時期にしては敢闘した中篇という価値以外にそこまで上手いとも味があるとも考えてなかったが、本巻を読むと他にも様々な可能性の種を持ち合わせていた人だったのかもしれない。

 

 

『サンデー毎日』は週刊誌でも、そこで書かれた探偵小説は数知れない。そんな大衆誌に発表したため山前譲編『探偵雑誌目次総覧』に載っていない探偵小説のなんと多いことか。その内容が探偵小説だと見なす線引きはデリケートで難しいとは思うけれど『探偵雑誌目次総覧』と対を成す大衆雑誌掲載分・探偵小説のリファレンス辞典は絶対必要。本巻の前半を読んで余計にそう思う。




(銀) 昔の雑誌は毎年アマチュアから投稿小説を広く公募していて、古くは大正15年に角田喜久雄の「発狂」が『サンデー毎日』大衆文藝当選作として受賞している。



『サンデー毎日』の懸賞小説で出てきた人では他にも、本年11月30日の当Blog記事で紹介した久米徹も昭和7年の入選だし、(探偵作家と呼んでいいのか微妙だが)関川周は昭和15年「晩年の抒情」で入選、戦後の『ドヤ街』『忍術三四郎』『犯罪ホテル』を含め十冊以上の著書を出した。




2020年12月18日金曜日

『至妙の殺人/妹尾アキ夫翻訳セレクション』

2019年11月29日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創海外ミステリ 第240巻 横井司(編)
2019年11月発売



★★★  〈論創海外ミステリ〉内に新しいシリーズ




これまでも保篠龍緒(訳)『名探偵ルパン』など〈論創ミステリ叢書〉寄りな内容の海外作品を小出しにしてきた論創社だが、〈論創海外ミステリ〉が内包するシリーズとして『新青年』 ~ 『宝石』世代の翻訳者が手掛けたクラシックな旧訳を定期的に復刻するつもりらしい。

 

 

本書の柱である翻訳者は妹尾アキ夫。彼ならば長篇短篇を問わず海外作家翻訳のタマはたっぷりあるから、短篇集にするのなら対象を一作家一短篇にして全部違う作家を採録したほうが妹尾の腕前がよくわかったのに。
(例えば『怪樹の腕』では、アーチー・ビンズ/オーガスト・ダーレス/H・トンプソン・リッチ/C・フランクリン・ミラー/ラルフ・ミルン・ファーリーという具合に、多彩な海外作品の妹尾翻訳が収められていた) 

今回翻訳の対象となったのはビーストンとオーモニア。


 

△ L.J.ビーストン

御存知ラストにおけるどんでん返しの妙に優れた作家。戦前はかなりの人気を誇ったビーストンも新訳し直すという話を一向に聞きませんな。今だったらビーストンよりルヴェルのほうが評価が高いかも。(創元推理文庫で『夜鳥』が復刊された訳だし)


-収録作-


「ヴォルツリオの審問」

「東方の宝」     (*)


「人間豹」      (*)

江戸川乱歩の同名作の如き獣人は出てこない。


「約束の刻限」    (*)

「敵」        (*)

「パイプ」      (*)


「犯罪の氷の道」   (*)

本作のクライマックスとよく似た演出を初期「ゴルゴ13」のあるエピソードで読んだ事がある。もしかしてゴルゴの脚本家もビーストンを読んでいた?


「赤い窓掛」     (*)

こちらはタイトルでなく、ある演出をまるっと乱歩にパクられている。

 


△ ステイシー・オーモニア

人間味がじっくり書けており、大下宇陀児の短篇を好む人なら向いていそうなものがある。
 

-収録作


「犯罪の偶発性」         (#)

「オピンコットが自分を発見した話」(#)

「暗い廊下」           (#)

「プレースガードル嬢」      (#)

「撓ゆまぬ母」          (#)

「墜落」             (#)

「至妙の殺人」          (#)

「昔やいづこ」          (#)

 

 

マークは博文館『世界探偵小説全集 19 ビーストン集』(昭和4年)もしくは
      創土社『ビーストン傑作集』(昭和45年)のいずれかに収録


マークは春陽堂版『探偵小説全集 14 ランドン/オーモニア集』(昭和4年)に収録

 (私の手元にある同全集の『ランドン/オーモニア集』と『大下宇陀児集』は二冊の本が
  セットで函に入っている。当時から彼らは近いものがあると思われていたのだろうか)

 

 

古書の収集歴が長い人なら持っているかもしれない上記の三冊に、ビーストン「ヴォルツリオの審問」を除くすべての作品は載っているので、本書が必要かどうか迷っている人は参考まで。

 

 

ビーストンとオーモニアを中途半端にセレクトしたせいで、必ずしもこの二人のベスト・セレクションになってる気がしない。横井司の巻末解説も〈論創海外ミステリ〉の各巻平均ページ数のしばりがあるからかもしれないが、あまり濃くなくて残念。それにこの本、公式発売日の何日も前からヤフオクに出品されてたぞ。論創社はいつまでたっても新刊本をフェアに一斉発売とするつもりはないようだ。




(銀) この頃から論創社は海外ものだけでなく日本の探偵作家でも論創ミステリ叢書の他に、川野京輔『推理SFドラマの六十年』中島河太郎『中島河太郎著作集』飛鳥高『細い赤い糸』など評論・小説問わず濫造濫発するようになってしまった。



『中島河太郎著作集』(上巻)の収録内容を見ても何故いま『日本推理小説辞典』を再発せにゃならんのか理解に苦しむとはいえ、なぜ私は濫造濫発とまで思ったか?論創社のおかしくなってゆくその過程は近いうちに詳しく書く。




2020年12月17日木曜日

『悲しくてもユーモアを~文芸人・乾信一郎の自伝的な評伝』天瀬裕康

2015年11月2日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創社
2015年10月発売



★★     ユーモアと動物小説と
         ラジオドラマの人にしてしまっていいの?




乾信一郎について仮に世間にアンケートを取ったなら、探偵小説の翻訳者であり博文館の編集者だという見方が勝るだろうと私は考えている。往年のユーモア小説や動物小説はもう何十年も新刊で流通は無い。なんといっても『アガサ・クリスティー自伝』の訳者だからね、彼は。

 

 

本書中にも記述があるが、ずいぶん前に乾の故郷である熊本の近代文学館で彼の企画展が開催され、見たことのない横溝正史との写真なんかはあったが、正史そして江戸川乱歩から送られた乾宛ての寄贈された書簡を調査もせず死蔵させていた様子で、殆ど動物+ユーモア小説の方がメインに扱われ、探偵小説には疎そうな展示内容だなと感じたものだった。その後も同館でブラジル開拓民の先駆/上塚周平展が開催された時、乾との繋がりを学芸員に質問したこともあったが、彼らは少しも勉強していないらしく閉口した記憶がある。本書20ページの上塚家系図によって、その疑問はようやく解けて満足。

 

                                                    



本書の著者・天瀬裕康は熊本の企画展に便乗したのか、関心は探偵小説以外の方面へ向けられている。天瀬も一応『新青年』研究会のメンバーであり、戦後、乾のカストリ雑誌への執筆が割に多いこととか、広島ローカル児童誌『銀の鈴』での少年少女ものに関する情報などは役に立つ。ただ、天瀬が自分のウェットな資質を乾に投影し過ぎなんじゃないかと、読みながら気になってしょうがなかった。

 

 

幼少期の乾信一郎は両親の愛情を真っ当に受けられず、アメリカから帰国した熊本ではひねた田舎のクソガキに嫉まれ孤独だったとは思うが、彼の書いたエッセイの類を読むと、青年期以降もイジメやミジメなんて辛気臭いワードで表現しなければならない人だったとは、どうしても思えない。

 

 

お涙頂戴的な書名の付け方も苦手だし、前回の「渡辺啓助」評伝と比べて論旨に脱線が多い。「第二の復讐」を書いた渡辺文子が(乾とは殆ど関係がないのに)ブラジル移民というので度々出てくるのはまだいいけれど、著者が広島生まれだからって広島カープ云々書くのは必要のないこと。

 

                                                     



乾には本道を行くような探偵小説の創作が無い。しかし「豚児廃業」「五万人と居士」といった幾つかの作について、表層的にはユーモアものであっても探偵小説として捉える部分はないのか掘り下げてほしかった。それに海外ミステリ翻訳業績に対する言及も、これではお寒い。初めて乾に触れる方は古書になってしまうが、まず晩年のエッセイ『「新青年」の頃』から読むことを強くお薦めする。




(銀) コロナ禍のせいで、いつも以上に来館者は少なかったのでは・・・と思うが、2020年、くまもと文学・歴史館(旧熊本近代文学館)で再び企画展「『新青年』創刊100年 編集長・乾信一郎と横溝正史」が行われた。横溝正史が乾信一郎に書き送った書簡が200通以上あるという事実をやっと公表できたみたいだけど、ここまでこぎつけるのに何年かかったのやら・・・。



で、来年2021年には、その200通以上にもなる横溝正史書簡をメインに据えた企画展をやる予定だと告知されていた。だが貴重な書簡の内容がわかるようにパネルも作って展示したとしても、それが200通以上のうちのたった数通では隔靴搔痒でしかない。



熊本は他県の有能な文学館のように、自分のところでちゃんとした図録を制作できる予算も知恵も全然なさそう。こういう時こそ(決して ❛トーシロ❜ な二松学舎大学ではなく)探偵小説の専門家集団である『新青年』研究会の力を借りて、著作権継承者の許可も得て、立派な書簡集を作るべき。そこまでやれたなら初めてこの乾信一郎宛て横溝正史書簡の存在意義も100%活かされるというものだ。





2020年12月16日水曜日

『クロフツ短編集2』F・W・クロフツ/井上勇(訳)

NEW !

創元推理文庫
1965年2月発売



★★★★★   警察小説というより探偵小説の味わい





2019年に復刊フェアの一冊として新カバーで再発。
長篇とは一味違ったクロフツ・ミステリのヴァリエーションがいろいろ楽しめる。
以下、フレンチ警部の名を挙げていない作には彼は出てこない。


 

「ペンパートン氏の頼まれごと

英国人ペンパートンは毎月第一/第三火曜日には、ビジネスの会合でパリへ通っている。英国へ帰る列車の中で、彼の知人ヒル・ブルーク夫人の邸で女中として働いているという若い娘から「夫人の孫娘へ贈る品物を言付かったけれども、自分の婚約者が事故にあったので、どうしても英国にいる孫娘のもとへ渡しに行けない。代わりに届けてもらえないだろうか?」と懇願され、彼は快く引き受けた。ペンパートンが帰宅すると、執事は刑事課フレンチ警部の来訪を告げる。結局ペンパートンはおろかフレンチまでも担がれてしまう羽目に。

 

 

「グルーズの絵」

代理業者ニコラス・ラムリはスナイスなる客から依頼を受けた。それは「アーサー卿の所有している絵画がどうしても欲しいので代理で交渉してもらいたい。ついてはその絵とスナイスの持っている極上の模写絵画とを交換してもらえたら三千ポンド払ってもよい」という内容。公明正大とはいえ奇妙なこの申し出に対し、アーサー卿は財政的に困窮していたので結局絵画を引き渡すことに応じた。すると王室美術院会員のダブスは、ラムリが買い取った絵の本物はまだルーブルの中にあり、スナイスの欲する絵はたった四十ポンド程度の価値しかないと鑑定する。

 

 

「踏切り」

スウェイトは五年前、自分よりも裕福な家の娘とつきあう為に会計上のインチキ行為をするが、その事を次席のジョン・ダンに知られてしまい、それ以来金をゆすられ続けていた。スウェイトは自分の家からそう遠くない、寂しい田舎道の踏切りでの殺人を計画する。

 

 

「東の風」

フレンチ警部が乗り合わせたプリマス行きの急行列車は、宝石泥棒として逮捕された囚人ジェレミー・サンディスを護送しており、ギャング仲間の襲撃によってサンディスは奪回される。盗まれたまま回収されていない宝石を巡ってサンディス一味の企みを推理するフレンチ

 

 

「小 包」

これも「踏切り」同様、いやそれ以上にネチネチした恐喝者を遠隔操作にて殺そうというもの。魅力的な理化学トリックを暴くのは残念ながらフレンチ警部ではなく、ちょっと変わった構成が採られている。

 

 

「ソルトバー・プライオリ事件」

妻と休暇を楽しんでいたフレンチは、その土地を担当しているヘッドリー巡査部長から、地元の有力者サー・チャールズ・グッドリフ自殺捜査の手助けを乞われて重い腰を上げる。証拠を洗い出すにつれ銃器などに不審な点が出てくるが、真犯人を確定する決め手には欠けた。そこでフレンチとヘッドリーがトラップを仕掛けると、釣られたのは・・・。
(フレンチが妻を呼ぶ時、本書で「かあちゃん」と訳されているのは何か嫌だ)

 

 

「上陸切符」

カールは会社の大金を横領するため、少なからぬ偽装工作を行う。
そのひとつはフランスへの上陸切符を使ったもの。
カールの勤める保険会社へフレンチ警部が呼ばれた。
しかしカールの「三十ポンドうまくごまかすことができたのなら、
三万ポンドごまかせないという法はない」という理屈はそりゃ無謀だろ。

 

 

「レーンコート」

これも踏切りでの列車事故に見せかけようとした上司殺し。
現場に向かうのはハッバード警部。上司のフレンチはエンディングで報告を聞く。

 

 

 

(銀) この短篇集の原書タイトル作は「急行列車内の謎」なのに『世界(推理)短編傑作集2』に入れてしまったという創元さんの都合で、本書では割愛されているのが残念。クロフツの長篇といえば地味な捜査/足の探偵などと形容されるため〈警察小説〉と呼ばれがちなのだが、短篇はフォーマットが短いせいか、探偵小説が本来持っている〈びっくり箱〉的な刺激がある。

 

 

なんで本書を取り上げたかというと、今年はFW・クロフツ単行本未収録作品集』というクロフツ・ファンが作った本がリリースされたから。内容は「少年探偵ロビンのクリスマス」「シュラウド・ヴァレー危機一髪」のジュヴナイル二篇、「ゴース・ホールの謎」「ニュージーランドの惨劇」という犯罪実話二篇、そしてコリンズ社の中で探偵小説の入ることは稀な「ポケット・クラシック叢書」という洋書のうち、「樽」がリイシューされた時に付された著者序文を収めている。

 



「ニュージーランドの惨劇」はDNA鑑定の無い時代でも科学捜査のチャレンジを楽しめるものなのだが、いつも言っているように実話は実話であって創作小説とは違う。この作品集について付け加えるなら、作った人がアマチュアゆえ誤字があるのが惜しい。

 

 

『クロフツ短編集 』はまた機会があれば、
その時に。

 


2020年12月15日火曜日

『探偵小説のペルソナ』小松史生子

2015年3月6日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

双文社出版
2015年3月発売



★★    これでいいのか、『新青年』研究会?



「江戸川乱歩とそのテクスト周辺作家も分析対象として、犯人と探偵を描く際の問題意識と表現コード選択の跡を追い、探偵小説ジャンルをめぐるペルソナ問題の流れについて考察と検証を試みる」だそうだ。意味解りますか? 私にはよく解りづらいが、要するに本書はこの十年間に著者が書いた日本探偵小説に関する論文を一冊に纏めたものである。

 

 

第一章  三遊亭円朝「欧州小説 黄薔薇」

第二章  黒岩涙香「怪の物」村山槐多「悪魔の舌」江戸川乱歩「人間豹」

第三章  黒岩涙香 江戸川乱歩「幽霊塔」

第四章  江戸川乱歩「パノラマ島奇談」

第五章  江戸川乱歩「孤島の鬼」

第六章  横溝正史「真珠郎」

第七章  小栗虫太郎「紅軍巴蟆を超ゆ」

第八章  横溝正史「本陣殺人事件」

第九章  江戸川乱歩「影男」

 


小松史生子は「ナラティヴ」なる単語が好きで、彼女の書くものには一つ覚えのように毎回この単語が乱舞していて閉口する。本書でもコノテーションだのディスクールだのシンタックスだの相も変わらずインテリ・コンプレックスに満ちた小難しい語り口。ロバート・キャンベルみたいなアメリカ人だって日本語で文章を書く時、こんな横文字乱用してないぞ。どうして普通に平易な表現が出来ないのだろう? 谷口基『戦前戦後異端文学論 奇想と反骨』ほどの暴価ではないにしろ価格もしかり、決して読者に優しくない。

 

 

糅てて加えて『新青年』研究会のメンバーとは思えぬ基本的な間違いもある。横溝正史の次の『新青年』編集長は延原謙であって水谷準ではないし、雑誌『朝日』における「孤島の鬼」連載期間は昭和41月 昭和52月が正しく、最終回は昭和412月ではない。

 

 

第一章/我が国におけるクロロフォルム輸入の歴史とか、第九章/「影男」の雑誌連載状況を調べ上げ、読者がこの作を見限ったと思しき回を指摘しているところなど、せっかく興味を引く箇所があるのに、上記に挙げた問題点の方がどうしても気になってしょうがない。引用データの凡ミスはまだ仕方ないとして、むやみな横文字羅列の物言いは何のプラスにもなってないから絶対改めるべき(改める気、全然無さそうだが)。




(銀) 小松史生子も例にもれず、ナゴヤの金城学院大学にて教鞭を執っているセンセイ。たいした意味もなく横文字やムヅカシイ漢字熟語を乱用しなければ論文を書けない学生が増殖しないよう、陰ながら私は祈っている。NHKの乱歩を特集した番組に小松が出演しているのを見ても、一緒にキャスティングされていた乱歩の孫/平井憲太郎氏と違い、「この人の喋りでTVに出るのは止めたほうがいい」とも、つくづく思ったのであった。




2020年12月14日月曜日

『失われた世界』A・C・ドイル/中原尚哉(訳)

NEW !

創元SF文庫
2020年7月発売



★★★★  『ストランド・マガジン』の初出挿絵満載



A 「失われた世界」なんて定番中の定番商品なんで、ただ新訳というだけなら興味を持たなかったけど、今回は『ストランド・マガジン』初出挿絵も復刻というんで手を出したんだ。光文社古典新訳文庫版は文字が大きすぎるし、装幀に魅力がないからな。


 

B  ハイハイ。少年少女向けにもピッタリの内容というか、ペダンティックな部分も無いし、おまけに挿絵も付いてるんで肩が凝らずに読めます。127頁や307頁の〝引き〟の絵の中の人間を見ると、挿絵の原画はわりとデカいサイズで描いてるのかなと思いましたよ。この時代の挿絵ってドイル以外の小説でも、どれもシドニー・パジェットが描いてるような錯覚がしませんか?




  全然しないよ。だって絵に〈SP〉ってイニシャルが入ってないだろう。「失われた世界」の挿絵はハリー・ラウンツリーって人が描いてるの。君みたいな絵心の欠落した人間には名越國三郎もビアズレイも同じ人が描いた絵にしか見えないだろうがね。


 

B  名越國三郎って和製ビアズレイの筆頭だから、あながち間違ってもないじゃないですか。それより本作でよく云われるのは「恐竜より、襲ってくる猿人のほうがインパクト強いじゃん」ということですよね。


 

  確かに『原始少年リュウ』みたく、凶暴なティラノサウルスに喰われそうになる印象は少ないな。チャレンジャー教授の外見が猿人どもとそっくりなのは挿絵付きだと尚更笑えるけど。


 

B  『ジュラシック・パーク』とかじゃなくて『原始少年リュウ』を引き合いに出すところがそれ以上に笑えます。


 

  70年代のアニメは声優も渋かったし今と違って全然面白かったんだよ。嘘くさいCG映画より、子供の頃アニメで見た恐竜チラノがヨダレ垂らしてリュウ(声:井上真樹夫)に牙を剥く場面のほうがずっと恐かったイメージが残っててさ。今見たら「あれ? こんなもんだったけ?」って思うんだろうけど。その確認の為にもアニメ版『原始少年リュウ』はもう一回見てみたい。


 

B  ドイルじゃなくてすっかり石森章太郎の話になってますが、本書の日暮雅通による解説はすごく適切で、そこで映画版「失われた世界」の紹介もされていたので、1925年のやつだったら僕もソフト買って見てみたいと思いました。

 

 


(銀) 手元にある旧訳本「失われた世界」の中から、戦前に改造社から刊行された『世界文學大全集 ドイル全集』第5を引っ張り出してきた。本作は「滅びた世界」と題され、訳者は大佛次郎。他に「霧の世界」が横溝正史、「マラコット深海」が和氣律次郎、「ラフルズ・ホー行状記」(ママ)が石田幸太郎とクレジットされている。奥付の譯者代表は大佛次郎で、検印も大佛の本名「野尻」のハンコが押されている。

 

 

浜田知明がどこかで「この『世界文學大全集 ドイル全集』における横溝正史訳は本人のものではない」と書いていたような。『ドイル全集』第5巻は冒頭に「訳者の言葉」として前書きがあり四人の訳者がそれぞれ自分の担当作品について述べている。今日のテーマだと本来は大佛次郎のパートを紹介するべきなのだろうが、それじゃ面白くないので横溝正史のパートを掲載しよう。但し、浜田の言い分が仮に本当だとしたら、以下に記すこの前書きも正史本人が書いたものではないかもしれない、ということになる。なお、読み易いように私(銀髪伯爵)が改行を施した。読者諒セヨ。

 

 

> 「霧の世界」は作者ドイルの傑作「ロスト・ワード」(ママ)が映畫化されて、異常な好評を博したのに刺戟されて書いた。(ママ )作者としては晩年の作である。思ふに映畫の好評にヒントを得たジャーナリズムに無理に強ひられて書いたものであらう。

 

とはいへ、この二つの作品の間には殆ど何等の連絡もない。唯前作の主人公三名がそつくりその儘この作品にも出て来るといふに過ぎない。何しろこの二作は年代に於いてかなり距離があるのだから、作者としてはいかにジャーナリズムに強ひられても、再び昔の冒険物を書く氣にはなれなかったのに違ひない。

 

この作品に於ては、作者ドイルは彼自身が晩年ひどく興味を持つてゐた心霊界の事を書かうとしてゐる。時恰も英國に於ては戦後、霊媒交靈術などが大流行を來してゐた。その意味に於てこの作品もかなりの讀者をもつてゐたらしい。

 

尚表題の「ランド・オブ・ミスト」は霧の如き心靈の世界を意味するのであつて、豫告に於てこれを「霧の大陸」と譯したのは、これが「ロスト・ワード」の後篇であるといふ事をのみ知つてゐて、その内容を讀んでゐなかつた譯者の不明である。更めてこゝにお諒しを乞ふ次第だ。
(横溝正史) <