昭和8~12年にかけて大衆誌の『サンデー毎日』に投稿した六作は、小酒井不木的なグロい医学ものから空中曲芸スリラーまで多角的。また、赤沼の各篇に評を寄せた当時の千葉亀雄の言は探偵小説読者からすると悉くスベっている。そういえば編者・横井司が解題で二度も故・山下武の赤沼論を皮肉っているのも、ある含みを感じさせる。
◭ 昭和13年からは『新青年』にも登場、高須気狂病院シリーズ三作の黒いセンスは『サンデー毎日』発表作品と全く異なる手触り。ただ、翌昭和14年以降は時局悪化のせいか『新青年』でも掌編しか書かせてもらえず内容が落ちる。短篇でもある程度の枚数を与えられれば器用に力を発揮できそうなのに、ここでも戦争の陰が赤沼の行く手を阻んだ。
終戦後「悪魔黙示録」がようやく単行本化されたのはご存じのとおり(現在は光文社文庫『悪魔黙示録 「新青年」一九三八』で読める)。再び筆をとった赤沼、なんとなく情事を素材に扱ったものが多い気がするが、反面「お夏の死」や「目撃者」みたいな昔っぽさは
❛ 戦前の人❜ の血が顔を出したのか。最後の「翡翠湖の悲劇」にも注目。一見、密室殺人犯探しで終了するとみせかけて著者の戦後作において最大のグロ味で肝を冷やさせ、その上・・・・・あとは読んでのお楽しみ。
◭ 世に出た「悪魔黙示録」は大幅に削られているとはいえ、昭和13年という時期にしては敢闘した中篇という価値以外にそこまで上手いとも味があるとも考えてなかったが、本巻を読むと他にも様々な可能性の種を持ち合わせていた人だったのかもしれない。
『サンデー毎日』は週刊誌でも、そこで書かれた探偵小説は数知れない。そんな大衆誌に発表したため山前譲編『探偵雑誌目次総覧』に載っていない探偵小説のなんと多いことか。その内容が探偵小説だと見なす線引きはデリケートで難しいとは思うけれど『探偵雑誌目次総覧』と対を成す大衆雑誌掲載分・探偵小説のリファレンス辞典は絶対必要。本巻の前半を読んで余計にそう思う。
(銀) 昔の雑誌は毎年アマチュアから投稿小説を広く公募していて、古くは大正15年に角田喜久雄の「発狂」が『サンデー毎日』大衆文藝当選作として受賞している。
『サンデー毎日』の懸賞小説で出てきた人では他にも、本年11月30日の当Blog記事で紹介した久米徹も昭和7年の入選だし、(探偵作家と呼んでいいのか微妙だが)関川周は昭和15年「晩年の抒情」で入選、戦後の『ドヤ街』『忍術三四郎』『犯罪ホテル』を含め十冊以上の著書を出した。