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日本公論社
1934年4月発売
★★★★ 英太郎と犯罪実話
探偵実話/犯罪実話の類になんら魅力を感じなくて、そっち系の本にはとんと疎い。2025年新春一発目の今回はいつもと目先を変え、私の所有している数少ない実話小説の中からコレを取り上げてみたいと思う。高井壯吉『捕物秘帖/情痴の首』である。
作者について、プロフィール/執筆作品その他もろもろ、一切不明。本書奥付を見ると「高井」名の検印が押されているが、高井壯吉という名前は本名なのか、それさえも怪しい。探偵小説にゆかりのある日本公論社が版元とはいえ、海の物とも山の物ともつかぬ人物の筆による実話小説に興味を抱いた理由はただひとつ。竹中英太郎が装幀・挿絵を手掛けていたから。
では本作の初出情報をどうぞ。掲載紙は大手の『時事新報』(昭和8年7月28日~昭和9年8月9日)。連載中、全編通して「捕物秘帖」のタイトルが掲げられてはいるものの、それぞれのエピソード名を一層印象付けるべく、後者を大文字で表記している(☟を見よ)。ガチの時代小説と間違われるのを恐れたとも推測できるが、単行本もそれに倣い、通しタイトルの「捕物秘帖」をそのまま使わず、エピソード名「情痴の首」を前面に打ち出している。
(以下、画像は必要に応じクリック拡大して見るべし)
「捕物秘帖」
第1回~第13回 「少将令嬢殺し」 第1話~第13話
第14回~第33回 「美人の箱詰死體」 第1話~第20話
第34回~第49回 「說敎强盜」 第1話~第16話
第50話~第83回 「バラバラ事件」 第1話~第34話
第84回~第110回 「千駄ヶ谷女學生殺し」 第1話~第27話
第111回~第125回 「デパートの蜘蛛~萬引誘拐團」 第1話~第15話
第126回~第185回 「情痴の首」 第1話~第60話
第186回~第251回 「かつみ夫人」 第1話~第66話
第252回~第293回 「死の裸形」 第1話~第42話
本書『捕物秘帖/情痴の首』には上記九つのエピソードのうち、
五つを次の順列にて収録せしめる。
「情痴の首」「美人の箱詰死體」「說敎强盜」「千駄ヶ谷女學生殺し」「バラバラ事件」
最初のエピソードにあたる連載第1回~13回「少将令嬢殺し」(第1話~第13話)の挿絵担当は今井一郎。どんな理由で画家を交代させたのか分からないまま、連載第14回「美人の箱詰死體」(第1話)より英太郎の出番。最終回(293回)まで挿絵を描き続けた。
今井一郎ラストの回(連載第13話)の末尾には小さな告知あり。
〝尙續いて明夕刊より藝者梅太郞殺し「美人の箱詰死體」を連載いたします。插繪は探偵小說畫家の花形として定評ある竹中英太郞氏が怪奇幽艷な彩管を振はれます。〟
単行本に収録された五つのエピソードを隅から隅までチェックした訳ではないが、とりわけ尺の長い「情痴の首」を見る限り、『時事新報』版初出テキストを相当いじっているらしく、簡単に紹介しきれない程の異同が生じている。また、風紀を乱すいかがわしいエログロ題材に対し当局の検閲もうるさかったようで、単行本テキストには伏字(空白)処理が横行。
例えばこんな感じ。同一シーンを見比べてみよう。
✱『時事新報』連載第183回「情痴の首」第58話
もう私は鬼です。何も見えなくなりました。たゞ、文ちやんの頭だけが見えるのです。
私の薪割を掴んだ右腕は空に躍つて矢庭に文ちやんの頭めがけて打ち落されました。それは私自身の力が全部入つた程の力です。
手ごたへがありました。同時に血が飛沫のやうに奔りました。
「ウ・・・・・・・・・・・。」
血みどろになつて立上らうとして兩手を虚空にあげました。
薪割はつづいて振り下ろされました。
「ウ・・・・お久!お前か・・・・・・・」
と、最後のうめき聲を出して、そこへ動かなくなつてしまひました。
✱『捕物秘帖/情痴の首』~「情痴の首」163ページ
もう私は鬼です。何も見えなくなりました。私の薪割を掴んだ右腕は空に躍つて、矢庭に文ちやんの頭めがけて打ち落されました。それは私自身の力が全部入つた程の力でした。 がありました。同時に りました。
「 」
にあげました。 つづいて振り下ろされました。
「ウ・・・・お久!お前か・・・」
と、最後 聲を出して、そこへか つてしまひました。(ママ)
フィクショナルな探偵小説なら当局にお目溢ししてもらえたシーンも、実話ものだとダメだったのだろうか。ともあれ、単行本では省略されている箇所があることも、上記の比較にてお解り頂けると思う。
日本公論社版『捕物秘帖/情痴の首』には、元の紙型を流用しつつ、書名の異なる異装本が存在する。一冊目は1935年5月、東京書院より刊行された『春宵捕物帖』(函入りハードカバー)。
英太郎の装幀ではない。
二冊目も同じく1935年7月、昭興堂書店より刊行された『情痴犯罪捕物秘帖』(こちらも函入りハードカバー)。やはり英太郎の装幀に非ず。
『捕物秘帖/情痴の首』が世に出てまだ一年しか経ってないのに、同じ内容の本が二冊も出廻るいい加減な時代。どちらとも著者検印がされておらず、十中八九海賊版であろう。ていうかオリジナルの『捕物秘帖/情痴の首』でさえ竹中英太郎の装幀・挿絵クレジットが記載されていないぐらいだから、版元のアバウトさにおそらく英太郎も立腹していたのでは?
(銀) 発禁本は詳しくないけど、私の手元にある昭興堂書店『情痴犯罪捕物秘帖』には(個人の蔵書印として)「発禁本」の押印がされており、日本公論社版も二種の海賊版も一律発禁を食らっていた可能性は十分考えられる。今度、城市郎の発禁本研究書でも読んで調べてみるか。
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