2022年10月29日土曜日

『故郷へ、友へ、恩師へ、風の便り/山田風太郎書簡集』

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講談社 有本俱子(編)
2022年10月発売



★★     ただ書簡文を載せるだけでは
         端々の意味が江湖の読者には伝わりづらい



いま本書を読み終わったところ。この本の内容は山田風太郎自らしたためた書簡ばかりではなく風太郎へ宛てて投函された書簡も少なくはなかった。風太郎夫人・山田啓子さんのもとに残っていたのは当然後者しかない訳で、風太郎が出した書簡となれば送られた相手が長い間大事に保菅していて、なおかつこういった公の目に触れる事に対し全ての人が許可を出してくれなければ、我々が一冊の本として読むことは決して許されない。最初から公刊するつもりで書かれたのではないプライベートな内容を知る事ができる楽しみが書簡本にはあるし、風太郎に関しては過去に書籍化された日記の数々が面白かったものだから今回も楽しみにしていたのだが・・・。

 

 

                    



例えばその書簡集が〈谷崎潤一郎~渡辺千萬子〉〈南方熊楠~岩田準一〉といった一対一の関係ならば、彼らに通底するひとつのストーリーも見えやすい。本書の場合だと、風太郎とやりとりしている相手は三十名ぐらいいて、最初の章〖Ⅰ〗では風太郎が作家デビューする以前から交流があった学友・恩師たち宛ての風太郎書簡を掲載。

この本では書簡を人物ごとにカテゴリー分けしている。書簡文を読んでいると解りにくい箇所は必ず出てくるものだが、それにしてもキャプションも何もなくて素っ気無いなあ。いくら熱心なファンでもさすがに余程の研究者でなければ、風太郎に近しかったそれら市井の人達にどういう背景があるのか理解できないのでは?一応、巻末のあとがきに簡素な説明はしてあるが、読者がよく知り得ない人の情報は巻末じゃなく書簡文と一緒に見せるべきじゃなかろうか。吉田靖彦/小西哲夫両氏をはじめ〖Ⅰ〗に登場する人々が兵庫時代の若き風太郎と浅からぬ仲なのは読めば解るけれど、全体を通して各人の簡単なプロフィールぐらい付けてほしい。

 

 

 

〖Ⅱ〗での親戚・編集者枠も同様。御大・原田裕はこのBlogにもちょくちょく登場する名編集者だけど、探偵小説に左程興味が無く忍法帖とか王道風太郎路線が好きな読者だと原田裕についてよく知っている人はそういないでしょ?雑誌『宝石』編集者だった神尾重砲への書簡も複数掲載しているんだし、神尾と風太郎がどの作品で関わりがあったか等の情報はマニアじゃない読み手にも理解できるようにすべき。それこそ少なくはない部数を出す講談社の本なんだから。

 

 

 

探偵小説家としての風太郎を期待するなら最も核となる文学者・芸能関係者枠の〖Ⅲ〗。この章はなぜか風太郎から送られた書簡は殆ど無く、相手から風太郎へ送られたものが殆ど。当Blog的にチェックしておかねばならない発信者は高木彬光/横溝正史/江戸川乱歩(ただし乱歩唯一のハガキは『戦中派闇市日記』からの転載にすぎない)/角田喜久雄/鮎川哲也/中井英夫/中島河太郎のみ。角田の手紙はかなりの長文。ここでも〝例の会〟ったって、フツーの読者はわからんよ。



                    

 

 

本書を編纂したのは山田風太郎記念館を立ち上げた有本俱子。この人はあまり探偵作家としての風太郎には重きを置いてないのかもしれない。彼女だけでなく世間でもきっとそうだろうから、これはやむをえない。ただ風太郎発にしろ風太郎宛てにしろ現在残存している書簡はまだ他にもありそうだし、兵庫県養父郡出身者としての人間・山田風太郎に極力スポットを当てた有本とは全く違った角度で書簡をセレクトしていたら・・・。いや書簡のセレクト以上に講談社編集部の〝ただ書簡内容を載せました〟的なこの仕事が不満だな。大手の出版社の本だとこんな手抜きな作りにされてしまうからこちらは有難くないのだ。

 

 

 

(銀) 上記で挙げた以外に、単に年賀状で新年の挨拶しかされていない書簡も載ってて。残存している書簡がこれで全てなら私も承服するけれど、他に中身のある書簡が残っているならこういう型通りの年賀状なんてピックアップする必要はなかったのでは?風太郎本人も「年賀状がウザイ」って度々書いてるじゃん。本音を申せば既刊の日記本にも注釈や丁寧な解説はあったほうがよかったが、それでも日記の本文のみでかなり満足はできた。でもこの書簡集は色んな意味でフラストレーションがたまる編集内容。本書の制作に関わった人達は『子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』でも読んで少しは勉強しないと。