2021年1月7日木曜日

『ソーンダイク博士短篇全集Ⅰ/歌う骨』 R・A・フリーマン/渕上痩平(訳)

NEW !

国書刊行会
2020年9月発売



★★★★★    ベルティヨンの影




海外作品のシリーズものなら、同じ人がひとりで全篇翻訳しているほうがいい。先行してちくま文庫から出ていたソーンダイクものの長篇『オシリスの眼』『キャッツ・アイ』を引き継いで、今回の短篇全集の訳も渕上痩平が担当、企画・編集は藤原編集室という理想的な布陣。

 

 

主要初出誌『ピアスンズ・マガジン』掲載当時の挿絵がふんだんに入っているのが嬉しい。本巻の挿絵画家はHM・ブロックによるものだが、「鋲底靴の男」だけは〝GF〟というフルネームのわからない人が描いている。ユニークなのは挿絵以外にも、作中で言及される証拠物件を写真で見せているところ。

 

 

『ジョン・ソーンダイクの事件記録』

〈まえがき〉 「鋲底靴の男」「よそ者の靴」「博識な人類学者」「青いスパンコール」

「モアブ語の暗号」「清の高官の真珠」「アルミニウムの短剣」「深海からのメッセージ」

 

『歌う骨』

〈まえがき〉 「オスカー・ブロドスキー事件」「練り上げた事前計画」

「船上犯罪の因果」「ろくでなしのロマンス」「前科者」


 

 

[A] 起きた事件の相談をするために、依頼者が探偵を訪ねてくる

[B] 探偵が現場を捜査する

[C] 探偵と警察が特定した犯人を捕縛する


これが一般的なミステリ短篇のよくあるパターンで、当然 [C] の部分がクライマックスとなる。ところがソーンダイク短篇の一番のヤマ場は [B] で、[C] の部分はあっさり片付けられ、時には犯人を捕らえ損ねたまま話が終わるものさえある。『歌う骨』のような二部構成でも〈倒叙〉形式にして、前半に犯罪の実行/後半にソーンダイクの捜査と推理とに分離されているが、[C] の要素が希薄なのは一緒。



最重要なのは How = どうやって犯罪が行われたか?を解明するプロセスにあって、犯人逮捕のサスペンスを書こうとはしていないしWhy そして特に Who についての比重がさほど重くない上に、ドラマティックに見せる演出も無い。それでも読み手を物語の中へ引き込んでしまうのがフリーマンの腕の見せ所。

 

 

アルフォンス・ベルティヨンという身体測定による個人識別などの科学捜査方法で知られる実在のフランス人がいて、彼の名はシャーロック・ホームズ物語にも出てくる。ソーンダイクの犯人割り出しはまさしくベルティヨンのそれをアップデートさせたかのようだ。フリーマンは法医学や病理学に秀でたソーンダイク博士の執筆に際し、ベルティヨンを意識していたんだろうか。




(銀) フリーマンといえば「アルミニウムの短剣」を三津木春影が翻案した「奇絶怪絶、飛来の短剣」。「喉切り隊長」や「悪魔に食われろ青尾蠅」もそうだけど「奇絶怪絶、飛来の短剣」って一度聞いたら忘れられないキャッチ・コピーだな。もっとも春影が作ったこのタイトルは、半分ネタバレしているから無闇にナイス!とも言いづらい。



日下三蔵の手掛けた本には表紙や帯にあれだけ図々しく日下の名がクレジットされているのに、藤原編集室の本の表紙と帯にはどうして彼のクレジットがドーンと記載されないのだろう?日下よりずっと丁寧な仕事をしているのに。それって出版社がアホなだけかもしれないし、単に藤原義也が奥ゆかしいからかもしれないけど。




2021年1月6日水曜日

『横溝正史探偵小説選Ⅴ』横溝正史

2016年7月26日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第100巻
2016年7月発売



★★★★   「神の矢」の中絶が悔やまれる





本叢書、祝・第100巻。90年代半ばから始まった横溝正史の拾遺集刊行も、本巻目次を眺めると残り滓の感はさすがに致し方ないところ。

 

                   



松野一夫の挿絵を全収録した幼年向けの絵物語「探偵小僧」(びゃくろう仮面 vs 三津木俊助・御子柴進)が本巻の半分を占める。

 

 

少年ものでは、「仮面の怪賊」は三一書房『少年小説大系7少年探偵小説集』以来の収録。「王冠のゆくえ」「十二時前後」(同名の大人ものもある)は単行本初収録。「博愛の天使 ナイチンゲール」は博文館勤務時代に少年誌の附録本として書かれたもので非探偵小説。薄っぺらい形状をしたこれのオリジナルがヤフオクに出品されると、ありえない金額で落札されたりもするが、いくら正史のレアアイテムとはいえ、無謀な出費をする程の内容ではない。本巻で読んで誰しも「ああ、無駄金を使わなくてよかった」と思うだろう。

 

 

金田一耕助譚からは「不死蝶」の単行本で加筆される前の初出誌ヴァージョン。
警察サイドが元は橘署長だったんだな。でも存在感は殆ど無く。

 

 

最後は未完に終わった作品集。少女雑誌に載った「猫目石の秘密」は、竹中英太郎が普段よりも写実的でステキな挿絵(本巻では見られない)を描いており、連載一回で終わってしまって惜しい。一方、長篇になる筈だった「女怪」。宿命的な悲劇が主題だったのかもしれないが、一向に事件も発生せずダラダラした印象で正史らしくない。初期のキャラ山名耕作によく似た名の山名耕助という男が登場するが、正史の頭の中では同一人物だったかどうか?

 

 

本巻で最も良かったのは、「蝶々殺人事件」に次ぐ由利・三津木シリーズ戦後第二長篇になり損ねてしまった「神の矢」。敗戦の前後でコロっと180わってしまった日本人の意識をシニカルに語り、〝 デカダンスの泥沼 〟と設定した高原の旧避暑地を舞台にしている。のちの金田一もので描かれる「中傷 → 殺人」パターンが、早くもここで登場。垂れ込める霧の雰囲気も申し分なく、正史の吐血によって中絶したのが残念でならない。「失はれた影」も同様に病状の為の中絶。

 

                    



昨日の記事にて「正史の落ち穂拾いには厭きた」と書いたが、本巻に収められた中絶作への関心はまだある。その中でも、あれだけ快青年だった三津木俊助が坊主頭で復員してくるという、戦前の彼のイメージを覆すショックを与える「神の矢」は是非最後まで読んでみたかった。一方、数年前にその存在を仄めかされた謎の作品「雪割草」の収録を今回の隠し玉として渇望していたのだが実現せず。発表された初出誌さえも明らかにされてないのだから、過度の期待はしないでおくのが無難か。




(銀) 内容が探偵小説でなくとも世に出るのを楽しみにしていた「雪割草」は、本巻の二年後(2018年春)に単行本がめでたく発売された。横溝正史という探偵作家が書いていなければ、読む事もなさそうなストーリーだが、これはこれでそれなりに楽しめたし、暇があったら再読してみたいとも思っている。


                    



それでどうしても言っときたいのは、『雪割草』が発売される前、2017年暮に作品発掘の正式発表がされた時のメディアのバカ騒ぎでね。本日の記事を書くために、録画しておいた当時のNHK『ニュースウォッチ 9』を見直してみた。



「雪割草」の中の一シーンにて、探偵でも警察でもなく登場人物のひとりにすぎない日本画家の男の身なりが、「くちゃくちゃになつたお釜帽の下からはみ出してゐる、長い、もぢやもぢやとした蓬髪、短い釣鐘マントの下から覗いているよれよれの袴」と書かれている。

ただそれだけの描写を二松学舎大学の山口直孝が拡大解釈してしまい、「ここに金田一の原点があった」「日本画家だけど芸術家として時代の波にもまれて悩んでいるというところに横溝の当時の思いが反映されている」なんて放言するものだから、桑子真帆もスタジオで「金田一耕助が画家として生まれたキャラクターだなんて、ホントに驚きましたよね~」とリアクション。

・・・・・・・我田引水、では


                    



二松学舎大のセンセイは例によって金田一耕助を持ち出す事で話題にしたかったんだろうけど、昭和初期の成人男性はああいう帽子やマント(外套)を割と普通に身に纏っていたのをご存じないのだろうか? 更に、別の角度からも指摘できる。横溝正史自身「本陣殺人事件」第八章の冒頭にて次のように書いているので、ご覧頂きたい。


~ その時分東京へ行くと、こういうタイプの青年は珍しくなかった。早稲田あたりの下宿にはこういうのがごろごろしているし、場末のレビュー劇場の作者部屋にも、これに似た風采の人物がまま見受けられた。これが久保銀蔵の電報で呼び寄せられた金田一耕助なのだ。

(出版芸術社 横溝正史自選集『本陣殺人事件/蝶々殺人事件』58頁より)


金田一を作り出す際イメージしたのはまず菊田一夫、そこに城昌幸の和服姿をわざと貧相にしたようなテイストを加味したって、あれだけ正史はエッセイに書いてたでしょうが。モジャモジャ頭は初期の明智小五郎を真似たと言ってもいいけど、それ以外の金田一の外見は(小説の中では目立つものの)あの時代だとそこまで特殊でもない身なりだし、それでいて決して天才とも美男子とも見られようがない ❛ 只の人 ❜ な感じに設定されている。だからアントニー・ギリンガムが引き合いに出されている訳で、たまたま似たような風采の男性が「雪割草」に登場していたから作者の無意識のプレ金田一イメージがそこにあったと解釈するのは、無理がありはしないか。


                    



もしも正史の遺品の中から、「実は金田一のモデルの出所は戦前の『雪割草』で・・・」と生前に語っている証拠が出てきたなら素直に信じてもいいけど、どう見てもこれは江戸川乱歩は自宅の土蔵を〈幻影城〉と呼んでいました」なんていうのと同じレベルの山口直孝による妄想が、あたかも事実にすり替えられて報道されたようにしか思えませんな。





2021年1月5日火曜日

『横溝正史探偵小説選Ⅳ』横溝正史

2016年7月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第99巻
2016年7月発売




★★★★    次の巻で論創ミステリ叢書100巻到達




▲「黒門町伝七捕物帳」

捕物作家クラブ所属の作家達が大挙して執筆したシリーズのうち、横溝正史の筆による「江戸名所図絵」「雷の宿」「通り魔」「船幽霊」「宝船殺人事件」「幽霊の見世物」を収録。こういう短篇が、後に正史個人のシリーズ「人形佐七捕物帳」へ焼き直しされるのはいつものパターン。

 

 

▲「お役者文七捕物暦」

このシリーズは0203年に徳間文庫から全五巻の形で発売されたが、あちらは改稿後の単行本ヴァージョン。本巻収録の「比丘尼御殿」「花の通り魔」「謎の紅蝙蝠」は、初めて単行本に収録される原型初出誌ヴァージョン。改稿前と後では頁数が全然違う。

 

 

▲「しらぬ火秘帖」

戦前の『講談雑誌』に発表した同名の短篇を、戦後またまた長篇に再利用し『少年少女譚海』に執筆。豊臣対徳川が対峙したのちの世、七枚の永楽銭の運命の下に集結するという、いわば「真田十勇士」を思い出させなくもない物語なのだが、雑誌廃刊にて中絶、16回連載しながら、その後を書き足すなど単行本化で救済されることもなかった不運な未完作。

本巻のどこかに水谷準の瓢庵先生が一瞬現れるシーンが。〝通〟な読者は見落さぬよう。

 

 

次巻でこの論創ミステリ叢書もめでたく100巻を迎える。
覚えている人がどれ位いるかわからないが、初期の配本は毎月刊行ではなかった。
地味な出版社だし、黒字になっているとは思えないこの叢書を、
どうやってここまで続けられているのか不思議でしょうがない。




(銀) 今までにも正史の単行本未収録作を拾い上げる本は散々出されてきたが、それでも全てフォローできず、論創ミステリ叢書だけで(2020年現在)五冊も使っている。同じ落ち穂拾いとは言え、元のヴァージョンが楽に読める作品の改稿ヴァリアントにも少し厭きてきた。決して別ヴァージョンとの比較が嫌いな訳ではないけれど、あまりにも正史の場合はヴァリアントが多すぎて閉口してしまう。



本叢書で最初の『横溝正史探偵小説選』だった第35巻『Ⅰ』の時、「他の作家よりもかなり売上が良かった」と論創社は言っていたが、本巻はすべて時代ものでもあるし、私だけでなく世間的にも、正史だからといって前の巻の時ほど盛り上がっているようには見えなかった。





2021年1月4日月曜日

『挿絵叢書/竹中英太郎(三)エロ・グロ・ナンセンス』

2016年11月1日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

皓星社 末永昭二(編)
2016年11月発売



★★★★   世相を映す当時の雑誌のように





❛ エロ・グロ・ナンセンス ❜という言葉が指し示す時期は大抵昭和36年あたりだと云われるが、編者・末永昭二は当時の雑誌を眺めてみて大正末期から昭和8年までと解釈。それはまさに挿絵画家・竹中英太郎の主要な活動期間ともなんとなく重なってくる。

第三巻はコント・小噺やエッセイの類も収録して、単なる探偵小説アンソロジーではなくモダンと爛熟の〝世相〟を映し出す一冊の雑誌的な構成と相成った。


 

「化けの皮の幸福」                   水谷準 

「ねえ!泊まってらっしゃいよ」 横溝正史

「だから酒は有害である」    徳川夢声

三篇とも、なんということもない小品。


 


「復讐の書」渡辺文子

自分的に本巻の注目作。主人公と残忍な山窩の血を引く女との、愛憎と呪詛が渦巻く一篇。

 


「嬲られる」三上於菟吉

同面異人の恐怖。こちらの方が江戸川乱歩「猟奇の果」よりも半年前に発表。
於菟吉のつけた結末のオチや如何に?

 


 「奇怪な剥製師」大下宇陀児

都下・丸ビルの片隅で奇蹟の手術を行う怪人・漆戸安茂。
ですます調で残虐味を盛り上げるスリラー。終盤、語り手の身に恐るべき災難が・・・。

 


「世界人肉料理史」中野江漢

徳川夢声同様に広義の探偵小説の範囲外。
これは小説ではなく、人肉喰いの史実話。伏字多し。
英太郎のエキゾティックな絵は、実に味がある。


 

「南郷エロ探偵社長」山崎海平                          

「きっと・あなた」 左手参作

週刊誌上での小説コンテスト投稿入賞作。前者はたいしたエロ味もないドタバタ劇。
この作にはもったいないほど力の入った英太郎の挿絵は原画起こしで見たかった。
本叢書では今のところ原画が生き残っているものでも、それを借りて使うことはせず、
雑誌からスキャンしているようだ。
後者はハルビンでの日支密偵戦における支那娘との慕情。


 

「穴 -踊子オルガ・アルローワ事件-」群司次郎正

本巻では満洲・大陸もしばしば顔を出すテーマ。これもそのひとつ。

 

「豚と緬羊」石浜金作

排泄物記述が多くて食欲が失せる。主人公が〝人間椅子〟ならぬ身を窶したものとは?

 

「のぞきからくり」水谷準

準らしいキビキビした語り口ながら、彼らしくない素材の〝窃視〟がここでも登場。




(銀) 挿絵叢書は四冊目に横山隆一、そのあと 高井貞二 → 茂田井茂と一冊ずつ出て、編者はその後もまだ続けたかったようだが、刊行は六冊で止まってしまった。他には類を見ないアンソロジーだと思うけど、竹中英太郎なら需要があってもそれ以外の画家だと世間の関心がイマイチなのかな?



英太郎となるべくイメージが被らないような画家にするべく、後続に横山隆一/高井貞二/茂田井茂の三人を選んだのだろうが、彼ら(の絵)はもしかすると一般読者にはマニアックというかクセが強かったのかもしれないな。




2021年1月3日日曜日

『挿絵叢書/竹中英太郎(二)推理』

2016年8月3日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

皓星社 末永昭二(編)
2016年7月発売



★★★★★   挿絵叢書だから収録できた
            「桐屋敷の殺人事件」と「渦巻」



第二巻は頁数も増え、巻頭カラー口絵には江戸川乱歩最初の個人全集(平凡社)各巻附録だった小冊子『探偵趣味』表紙画が。また、竹中英太郎の画風変遷が前巻よりも捉え易くなっている。小説・挿絵ともにレア度数がアップしたのもgood


 

(ギ)= 挿絵ギャラリー/本叢書にて、
     物語の全てではなく梗概で収録されている小説を指す

 


「火を吹く息」大泉黒石

その出自から露西亜文学者として扱われるが、怪奇小説も書いている人。江戸川乱歩「陰獣」と同じ昭和39月発表だが、英太郎の絵は『クラク』『新青年』に登場する以前の初期型タッチ。英太郎の画集や特集雑誌では、この初期型タッチの挿絵は収録される機会がなかなか無い。

 


「桐屋敷の殺人事件」川崎七郎   「芙蓉屋敷の秘密」横溝正史(ギ)

「桐屋敷の殺人事件」における川崎七郎という作家名が正史のペンネームだという推測の根拠は本書285頁を見よ。世に流布されてきた江戸川乱歩「陰獣」逸話とは違って英太郎の『新青年』初仕事は実はこの「桐屋敷の殺人事件」。しかも未完のまま放りだした「桐屋敷の殺人事件」を再利用したのが「芙蓉屋敷の秘密」というから、ホントに若い頃から自作のリサイクルが好きな正史だ。


 

「渦巻」江戸川乱歩   「地獄風景」江戸川乱歩(ギ)

「渦巻」はよほどの乱歩ファンでなければ御存知ないのも無理はない。乱歩の戦前の友人・井上勝喜に名を貸して書かせた代作だもの。そんな継子扱いの作品ゆえ上記の「桐屋敷の殺人事件」と「渦巻」は長い間、正史と乱歩それぞれの単行本に入ることも無かった。

 

「地獄風景」の挿絵は創元推理文庫版『盲獣』で全て観ることが出来る。
(挿絵スキャニングの鮮明さは本書の方が少しだけ上)

「推理」がテーマで、そこに乱歩をどうしても入れたいなら、英太郎が唯一明智小五郎を描いた貴重な昭和5年刊『名探偵明智小五郎』(先進社)のカバー絵/口絵/挿絵、更に英太郎が自身の画業総決算として昭和10年刊『名作挿画全集 第四巻』(平凡社)へ「陰獣」を題材に描き下ろした「大江春泥作品画譜」を選んだ方が、現行本との重複にならなくてよかったのだが。


 

「青蛇の帯皮」森下雨村 「箪笥の中の囚人」橋本五郎 
「赤外線男」海野十三(ギ)

オドロオドロしさ/静寂さ/キッチュさの演出を描き分ける英太郎の筆さばきが見事。


 

「魔人」大下宇陀児(ギ)  R灯台の悲劇」大下宇陀児

ダイジェストで収録されている「魔人」は決して傑作と呼べる小説ではなく、
英太郎の挿絵あっての味わいというべきか(今でもまだ再発はされていない)。
しかし、この長篇がリレー連作「江川蘭子」の乱歩執筆分を叩き台にして、
悪の遺伝子を持つ幼児の成長を宇陀児が自分なりに書いてみようと思ったものであるなら、
見方を改め再読してみなければならぬ。
R灯台の悲劇」は個人的に贔屓している短篇。現行本で読めるようになって嬉しい。




(乱) 「大江春泥作品画譜」は本書に未収録だが、『名作挿画全集』全十二巻そのものが附録冊子『さしゑ』と共に大空社より復刻されたし(但し、とてつもない価格の図書館本ゆえ、戦前のオリジナル本を古書で集めたほうがお得)、藍峯舎の豪華本『完本 陰獣』にも収録された。



大泉黒石のこういう怪奇短篇、『黄夫人の手』は河出文庫で読めるようになったけれど、他にも単行本一冊出来るぐらいのブツが埋もれていないかな。




2021年1月2日土曜日

『挿絵叢書/竹中英太郎(一)怪奇』

2016年5月31日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

皓星社 末永昭二(編)
2016年5月発売



★★★   主役は挿絵





古書に馴染んだ方ならおわかりだろうが、同じ探偵小説を読むのでも、サラサラな紙質の現行本で読むのと、昔の旧仮名遣い文字が使われている色褪せた紙質の本で読むのとでは、味わいにも段違いの差が生じる。まして初出誌や初刊本に挿絵が添えてあれば尚更。

 

 

以前「探偵小説の初出挿絵を手掛けた画家を軸とするアンソロジーが欲しい」と、大手出版社の文庫本に向けたレビューの中でリクエストしたことがある。皓星社はあの『子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』の版元とはいえ、特に文学系が強い出版社ではない。そんな皓星社が挿絵メインの本を出してくれて嬉しい反面、こうしたニッチなアイディアをプレゼンしても、大手は具現化する気など200%無く、マイナー出版社でしか成立しないのが苦々しい。

 

                    


今回の挿絵叢書は大正~昭和期の「広義の探偵小説」から作品を選ぶというコンセプトを据えている。その一番手の画家として竹中英太郎が選ばれたのには誰一人異論はなかろう。「怪奇」をテーマとした第一巻には七篇が収められ、うち三篇は夢野久作「空を飛ぶパラソル」「けむりを吐かぬ煙突」、残る「押絵の奇蹟」だけは文章の量に対して挿絵の数が少ないので、挿絵は全部採りつつも小説は梗概のみの収録。

 

 

あと瀬下耽「海底」妹尾アキ夫「夜曲」
ここまでは小説だけなら、既存の単行本ですぐ読めるものばかり。
小説の出来はともかく、レアで単行本収録が嬉しいのは残りの二篇、
畑耕一「恐ろしき復讐」角田健太郎「死の卍」

 

 

七篇中六篇が『新青年』からのセレクトなのはチョットありきたり。せっかく待望の企画だから底本とする雑誌の範囲をもっと手広く見てくれないか?この叢書とて〈論創ミステリ叢書〉読者のような一部の濃い人達が先頭切って御得意様になってくれるのは明らかなのだから、なるべく小説が単行本未収録なもの、それでいて挿絵の出来が良いものを選んでほしいと思ったのだが、実際作品を選ぶとなると制約も多そうで、案外これは私達読者が想像する以上に手のかかる作業なのかもしれない。

 

 

版元からしたら夢野久作のような、ある程度のメジャー・クオリティを押さえてないと商業的に不安なのだろうな・・・と、これは読み終わった後の感想。

 

                      


ともあれ、この挿絵叢書も安定して継続するシリーズになってくれると嬉しい。
竹中英太郎なら現在予定の全三巻といわず、もっと続けてもらいたいし、
その後には吉田貫三郎や岩田専太郎あたりを是非とも採り上げてほしい。成功を祈る。




(銀) 文学系は強くないと書いたが、皓星社はこの〈挿絵叢書〉と前後して〈シリーズ紙礫〉というアンソロジー企画も開始。〈シリーズ紙礫〉のコンセプトを版元は下記のようにアピールしている。 


➤ 「戦中戦後の闇市、終戦直後の夜の町で米兵の袖を引いた街娼、被差別部落、人型の性具・ダッチワイフ・・・。明治から平成まで、書き手の有名無名を問わず、テーマに合う作品を縦横無尽に採録(中略)ちょっと不穏なこのシリーズに、どうぞお付き合いください。  


私は杉山清一「特殊部落」が読みたかったので『紙礫6 路地』は買った。斯様にして、
2015~2016年の皓星社は二種のアンソロジーにより、新機軸を打ち出した時期であった。




2021年1月1日金曜日

『乱歩謎解きクロニクル』中相作

NEW !

言視舎
2018年3月発売



★★★★★   乱歩という巨大な騙し絵の謎を解き明かす



藍峯舎という小さな出版社が江戸川乱歩もしくは乱歩と繋がりのある作家を対象とした美しい書物を静かに作り続けている。商業ベースに乗る本では決して味わえない造本技術を駆使し、仕上げには中相作の解説を添える贅沢さ。限定発売される本の部数は毎回わずか200~300ほど。 

        


2012~2019年までのあいだに発売された藍峯舎の本、そしてそこに収められている中相作の執筆した解説一覧をご覧頂こう。本書『乱歩謎解きクロニクル』にも再録された解説にはマークを付す。



   2012

『赤き死の假面』 エドガー・アラン・ポー 著/江戸川亂步 

「ポーと乱歩 奇譚の水脈」 中相作  

 

   2013

『屋根裏の散歩者』 江戸川亂步 著/池田満寿夫 挿畫

「真珠社主人 平井通」 中相作

 

   2014

『完本 黒蜥蜴』 江戸川亂步/三島由紀夫 著

「乱歩と三島 女賊への恋」 中相作  

 

   2015

『鬼火 オリジナル完全版』 横溝正史 著/竹中英太郎 挿畫

「〈鬼火〉因縁話」 中相作  

 

   2015

『江戸川亂步自選短篇集 「幻想と怪奇」』 江戸川亂歩 著/坂東壮一 挿畫

「猟奇の果て 遊戯の終わり」 中相作  

 

   2016

『江戸川亂步 「奇譚」』 翻刻・校訂 中相作

 

  2018

『完本 陰獣』 江戸川亂步 著/竹中英太郎 挿畫

「江戸川亂步の不思議な犯罪」 中相作  

 

   2018

『ポー奇譚集』 エドガー・アラン・ポー 著/渡邊温・渡邊啓助 譯/坂東壮一 挿畫

「昭和四年のエドガー・ポー」 中相作

 

   2019

『猫町』 萩原朔太郎 著/林千絵 挿畫

「猫町への散歩者」 中相作

 

 

本書刊行以前に書かれた解説のうち『屋根裏の散歩者』収録の「真珠社主人 平井通」は藍峯舎の本でしか読むことができない。だが是非とも読んでみたいとおっしゃる方に朗報。『屋根裏の散歩者』だけは2021年元旦の現在、ごく少部数の在庫をまだ版元が持っておられる。転売サイトや古本屋でボッタクられる前に定価で新品を購入できるので藍峯舎webサイトへ是非どうぞ。


                   



本書の扇の要は巻頭の「涙香、『新青年』、乱歩」中相作は折に触れそれまで無条件に定説として引用されてきた乱歩の自伝ともいうべき大作『探偵小説四十年』は小説以上に問題作だ」と提言してきた。

 

 

例えば(特に戦後)、本格至上主義を掲げてきたというのに結局乱歩は歴史に残る本格長篇小説を書く事ができなかった。「陰獣」は中篇程度の量だし、あくどい変格臭もあるので、完全なる本格長篇だと認めない人もいた。そこで著者は乱歩の少年期まで遡り、平井太郎なる人物の資質をクローズアップする。


 

すると浮かび上がってきたのが「私の探偵小説は〈絵探し〉からはじまる」という乱歩の一言。ある絵をボーッと眺めていると一見その姿はAだが、よくよく覗き込めば全く別の姿Bが隠されている。 ❛騙し絵のからくり❜ こそ乱歩の原点だった___。    



ところが〈絵探し〉と〈探偵小説〉は実は似て非なるものであって、いくつもの ❛計算違い❜ が徐々に乱歩の背中を追いかけてくる。遂には己自身の存在に騙し絵のようなトリックを仕込まざるを得なくなり、乱歩はどうしても『探偵小説四十年』を書かねばならなかった。そんな誰も言及する事の無かった乱歩の大秘密に中相作は手を付けてしまったのだ。



                   



藍峯舎の本に書き下ろされた解説(それはひとつひとつが独立した評論と呼べるものだ)は全く別個の課題に対して書かれた筈なのに、こうして一冊の本に纏まるとメインテーマ「涙香、『新青年』、乱歩」と不思議にリンクしてくる巧妙なマジックさえも楽しませるのが『名張人外境』主人の底力。江戸川乱歩という存在の謎解きを長年腰を据えて進めてきた中相作の筆が冴え渡る快作である。



そういえばいきなり中相作を訪ねてきて「言視舎という出版社をセッティングするから乱歩の本を書け」と言ったのが鷲田小彌太だそうで、それで本書を刊行する事になったとか。『横溝正史研究』で散々醜態を晒した無能な年寄りが上から目線で中相作に指図しているのだから、身の程知らず以外の何物でもない。




(銀) 正月三が日は更新を休んでゆっくりしようと思ったものの、どうせ寒冷前線でコロナ・ウィルスの感染が活発な中、初詣も控えざるをえない2021年の年明けだ。むしろいつもよりBlogを書くのに時間を使えそうだし、Amazonに投稿した探偵小説関連のレビューをここへ救出する作業もあと少しで一段落する。なんとなく通常運転のまま元旦も記事をupする事にした。



元旦の記事には藍峯舎の新刊を取り上げたかったが、昨年は残念ながら新刊の発売はなかった。それならというので、まだ本書の読後の感想を書いていなかったし新年を寿ぐのに相応しい一冊から一年を始めたくて本書を選んだ。



興味深いのは、発売されて二年以上が経つのに(いい加減な☆評価こそ付けられているものの)本書ほどの乱歩研究書へAmazonのレビュー投稿がひとつも無いというのは、真っ当な価値観を持っている人はAmazonへレビューなど一切書かなくなったのを改めて象徴している。