2025年4月23日水曜日

『復讐鬼』高木彬光

NEW !

東京文藝社
1955年6月発売



★★   竜頭蛇尾




高木彬光は文章の運びがそれほど達者な作家ではない。処女作「刺青殺人事件」を読んだ江戸川乱歩は感想の手紙を彬光へ送る際、「探偵小説としてはたいへん感心いたしました(ただし小説としては上出来にあらず)。」と筆の難点にやんわり釘を刺している。三回に分けて『宝石』へ発表された本作、黒岩涙香テイストを盛り込み戦前風怪奇小説路線を狙ったコンセプトには何の不満も無い。にもかかわらず、この時期の彬光はよほど多忙、或いはコンディションが良くなかったのか、自身の小説下手をモロに露呈していて残念。

 

 

波瀾万丈な物語を想起させる、昭和30年の探偵小説らしからぬ雰囲気の幕開け。朝比奈寿の秘書として雇われた語り手の郡司省吾青年が松楓閣へやってきて、この富豪一族のただならぬ内情が少しずつ明らかになる出だしは順調。ところが読み進むにつれ、小さくない違和感に次々出くわしてしまうのだ。例えば松楓閣に隠されていた秘密の地下室を意味ありげに〝神秘の扉〟などと呼ぶのは先の展開を考え合わせると完全にブレており、四番目の単行本(昭和35年刊)から本作は「神秘の扉」と改題されるも、どちらのタイトルにしろ内容にぴったりフィットしていない。




『復讐鬼』(東京文藝社) 昭和30年刊 初刊本〈本書〉

『復讐鬼 他』(春陽堂書店/長篇探偵小説全集8) 昭和31年刊

『高木彬光集』(東方社/新編現代日本文学全集 第44巻) 昭和33年刊


これ以降、改題

『神秘の扉』(浪速書房) 昭和35年

 

 

ストーリーテリングでいえば本来なら郡司の一人称で通さねばならないところ、彼の立ち会っていないくだりがその都度三人称記述に切り替わる為、全体のバランスを崩している。せめて他の登場人物の手記・証言など上手く用いて乗り切るべきなのに、このやり方はいただけない。その上、謎の白髪鬼の正体が終盤明かされるに至り、本作を読んだ人はみな「???」と思われたのではなかろうか。ネタバレにならぬよう配慮して書くが、要するに白髪鬼=登場人物A=登場人物Bでしょ。前半で、あれだけ重く ✕✕ を ✕✕✕いた がどうやって Bに変身できたのか、不自然極まりない。

 

 

郡司は朝比奈悠子 刀自と息子の寿から小栗上野介の資料を整理して伝記を書くよう仰せ付かっている。だからといって忠臣蔵がどうとか第二次大戦中のヒトラーがこうとか、別に必要とも思えない歴史の喩えが頻繁に出てくるのもどうだろ?その他、松野警部は朝比奈福太郎の失踪時から長らく事件に関わっているのに、警察として何の役にも立っていない。探偵役が存在しない話とはいえ、もうちょっと松野警部を活かせなかったかな。とかくウィークポイントが多い作品だけども、白髪鬼が或る人物に罰を下す残酷な復讐の手段はオリジナリティーがあって良かった。「復讐鬼」という原題の意味はそこに帰結する。






(銀) 結局、高木彬光はひとりひとりのプロフィールを徹底管理できてなかったんだろうな。だから登場人物Aが登場人物Bに変身するほど激変ではないにしろ、何人か「あれっ、この人最初こんな感じだったっけ?」と戸惑ってしまうキャラクターがいたりする。本当は★一つでもいいぐらい、纏まりに欠けているのが実状。


「復讐鬼」(=「神秘の扉」)も論創社〝出す出す詐欺〟のネタにされていた。
五年前の証拠を挙げておく。





 

 

 





   高木彬光 関連記事 ■