主人公・斉藤今日子は継母と二人暮しの身の上。その継母の姉は雪下家に嫁いでおり賢夫人との聞こえも高かったのだが、突然急死。雪下家の主人は既にこの世の人でなく、そうなると駿河台にある敷地三百坪の豪壮な邸を管理する者が必要なため、継母と今日子は雪下家の住人になる。そこへ代々の主と異なり蒲柳の質っぽい唯一の跡継ぎ・雪下透が京都の大学院を卒業して帰ってきた。透にとって今日子の継母は伯母にあたる筈なのに、心を許そうとする気振りが無い。ちなみに作中、この継母(透にとっての伯母)には名前が与えられていないので、便宜上〝継母〟と呼んでおく。
今日子と透は次第に愛を育むようになるものの、継母は快く思っていない。それというのもこの女、透の父が亡くなった戦時中から秘かに雪下家の財産を狙っている腹黒い奴で、姉である雪下夫人(=透の母)ばかりか十四歳で夭折した透の妹の死についても関与の疑いがあった。今日子との結婚を申し出る透に「NO」を突き付ける継母。遂に彼女は本性を現し、最大の邪魔者である透を精神病院送りにする。透を救い出すべく精神異常者を装って同じ病院に入院した今日子だったが、そこは想像を絶する地獄の檻の中・・・。
仁科東子は三ヶ月ほど患者として精神病院に入った体験があり、隅々までリアルに文章化された精神病院内の様子は取材で得た情報や頭の中の想像などではなく、自身の目で見たものそのままなのだそう。本書を読んで、私は戸塚ヨットスクールを連想した。家族の中の厄介者が逃げ場の無い収容所に押し込まれ、最悪の場合、治療という名目のもと殺人にも等しい行為が行われる点でアレと似ている。しかも「針の館」では第三者の悪意によって健常者である透や今日子が重病扱いされ、電気ショックを度々喰らう。こうなるともうアドルフ・アイヒマンのミルグラム実験みたいなやり方を用いた拷問でしかない。