2024年7月26日金曜日

『死の三行広告』藤村正太

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青樹社
1972年4月発売



★★★   筆名を藤村正太に変えた時、
         既に探偵小説の時代ではなくなっていた




言わずもがな、これらは『藤村正太探偵小説選』Ⅰ / Ⅱ に収められている川島郁夫名義の産物ではなく、筆名を藤村正太に改め、再スタートを切った1958年以降に書かれたものである。

 

 

「死の三行広告」

冒頭に配置され表題作にもなっている「死の三行広告」がモロに機密書類のコピーを盗み取ろうとする産業スパイの話ゆえ、本書に入っている作品はどれも産業ミステリじゃないの?と早合点されるかもしれないけれど、そんな事はない。

 

自慢じゃないが私、結末に行き着く前にミステリの犯人をズバズバ見破ってしまうほど頭は鋭くない。しかしこれは中盤あたりで、黒幕なのか簡単に読めてしまって物足りなかった。電機会社勤務の主人公を鞭打ちでSM漬けにしてしまう謎の女性・奈保子が登場するが、朝山蜻一ならいざ知らず、そっちの性癖が主題ではない。

 

 

「乗車拒否」

エラリー・クイーンの有名なトリックを日本人の生活向けにスケール・ダウンして使用、さらにアリバイ崩しもあって、本書の中では最も技巧を凝らした内容。タクシー業界の問題、社内派閥に絡む殺人がベースになっている。「死の三行広告」同様、こちらの導入部でも酒場で吞んだくれていた新聞記者・田代が女の部屋に誘い込まれ、渦中の人となっていくのは・・・「もうちょっと他のパターンは思いつかなかったの?」と茶茶を入れたくもなる。

 

蒼社廉三の長篇「紅の殺意」でも空気汚染された工業地帯が描かれていたが、ここでの視界が効かぬほど垂れ込めたスモッグって、一体どんだけヘビーな公害なんだ。そりゃ「公害Gメン」も結成されるわな(「スペクトルマン」の話です、閑話休題)。

 

 

「偽りの出演」

民放テレビ番組にレギュラー出演している、他人の誹謗中傷など日常茶飯事な素人ミセス族の間で起こる脅迫事件。ミステリ的な趣向は地味。本作と「絆の翳り」における主婦の醜さは何かに似てるなぁと思ったら、「X」依存症者そっくりだった。

 

 

「惑いの背景」

オトコを見る目がないというか、まったく男運の無い生命保険勧誘員・浅井梨枝。司馬遼太郎の「豚と薔薇」に出てくる田尻志津子しかり、この種の女性キャラには全然感情移入できん。読んだ後に生保レディの悲哀しか残らないのもイヤだ。

 

 

「絆の翳り」

西東京の郊外。田舎だった土地をブルドーザーで削って新興住宅地が出来つつある当時の中央線新設駅。そんな場所でもギスギスした主婦社会は存在し、それに順応できぬ者は孤立を余儀なくされる。夜ひとり歩きするには危険も多い環境下、まだ子供はなくデパートに勤めている主婦・江崎佐和子の話し相手になれるのは、高円寺でホステスをしている橋本美穂ただひとり。

とりあえず意外な犯人、意外な動機とは言えるかもしれない。

 

 

 

 

(銀) 川島郁夫を名乗っていた初期の頃と比べて、だいぶ世相は変わった。物語の中でコント55号への言及があるぐらい(「絆の翳り」)時代が下ってきてしまっては、もはやこれらの作品を探偵小説扱いするのは難しい。

 

 

読んで退屈こそしないのに、本書の何が不満だったのだろうと、よくよく考えてみたが、酔ったサラリーマン男性のだらしなさ/安易な性交渉、そしてひたすら鬱陶しそうなオバハン、もとい主婦の女性達、松本清張らの台頭により社会問題を織り込まざるをえなくなっているプロット、敗戦から立ち直ってきたのに戦前よりも貧乏臭く映る昭和の日本人・・・こういった要素が混ぜ合わさってしっくりこないのだと思う。

 

 

川島郁夫時代はアマチュア然としていて、力任せなところが見られた。
『藤村正太探偵小説選 Ⅰ 』の記事では満点にしている反面、ダメ出しも多い。
でもあの頃の彼は確かに推理小説家ではなく探偵小説家だった。





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