2024年6月12日水曜日

『甘美な謎』矢野徹

NEW !

あまとりあ社
1958年12月発売



★★   それほど「甘美」でないのがマイナス点




〝エロチック・サイエンス〟の角書きがある。戦後SF同人グループについて私は詳しくないが、本書の刊行は矢野徹のキャリアがスタートしてまだ間もない時期だし、あまとりあ社の方向性に合いそうなものを各種同人誌に既発だった作品の中から取り急ぎピックアップしたのかもしれない。とにかく〝エロス〟のコンセプトがノーマライズされていない不満は拭いきれず、期待外れに感じた私のファースト・インプレッションは今でも変わっていない。

 

 

 

六つの短篇のうち、初出誌が判明しているのは「そして戦は終った」のみ(『探偵実話』1957年第8巻第10号)。「下着に手を」「百五十一台目の提琴」「摩耶の指輪」には共通して竜神三郎なる登場人物が起用されているわりに、彼のキャラ設定はてんでバラバラ。単に同じ名前を主人公に与えているだけと言っても過言ではない。

 

 

 

「下着に手を」のストーリーの中で、地球人は既に宇宙への進出を果しており、竜神三郎は言うなればウルトラ警備隊のような組織の情報部に属する少佐である。銃撃を受けた彼はヘラクレスばりのマッチョなボディを蜂の巣にされるも、別の女性の肉体へ脳だけ移植する手術を受けて再生。結果、外見は肉感的なオンナだが中身は気色悪いオカマに。この種の笑いは自分の趣味じゃないし、いきなり冒頭から躓いてしまう。

 

 

 

続いて「百五十一台目の提琴」。主人公はシャーロック・ホームズを崇拝する放送局勤めのサラリーマンゆえ、読む側の私がミステリ風の趣向を待ち構えていると、アンドロメダ星からやってきた宇宙人が正体を現し・・・。そして「摩耶の指輪」。元・航空自衛隊パイロットで今は新聞記者に転職している竜神は人工衛星基地建造に駆り出され、ロケットに乗って宇宙に向かうが、そこには得体の知れない白い霧のような怪物が棲息していた・・・。二作とも悪くない着眼点はあるんだけど、それが発酵しきれていないというか、文章が簡素なのでもっとコクが欲しい。

 

 

 

そんな竜神三郎登場作に比べたら、ノンシリーズもののほうがまだ幾分か良さげ。東西冷戦下で核の脅威にさらされていた時代のSF小説らしく、原水爆の使用によって放射能まみれになった第三次大戦後の世界を舞台にしているのが「そして戦は終った」。科学者と思われる日米混血の美女・有梨沙の振りまく〝エロス〟はあまとりあ社のカラーともマッチしていて、キャラ立ちも良い。「村に来た男」にて奈良の山奥にある村落に出現する異形の男・トモの神秘性、またトモに恋する若菜、逆にトモに反感を抱く巫女と梟師を脇役に置いての寓話っぽさも悪くはない。

 

 

 

「航海士の日記」は前半、隕石のような空飛ぶ赤い火の玉を目撃してしまった航海士の心の中に悪魔が宿り、双生児の兄を殺害。後半に至っては義姉・雪子そして自分の許嫁・純子の体を両方弄ぶまでエスカレートする。ここでは江戸川乱歩「パノラマ島綺譚」がサンプリングされている訳だが、なにも「猟奇の果」みたいに前半と後半の〝いびつ〟なところまで真似する必要はなかった。

 

 

 

〝サイエンス〟はさておき、せっかく書名を『甘美な謎』としているのに〝甘美さ〟が徹底されていないのはちょっと・・・。エロチックな要素は申し訳程度というか、取って付けたぐらいにしか感じられない作品が多い。この記事の始めに「〝エロス〟のコンセプトがノーマライズされていない」と書いたのはそういう事だ。やっぱあまとりあ社から出す本なら、ベースとなるエロは効果的に見せなきゃ。

 

 

 

(銀) 私は矢野徹について語れるほどの知識を持っていないし、この先も彼の本を読む機会はまず無いだろう。「そして戦は終った」あたりは「009ノ1」(石森章太郎)を読んでるみたいですごく好みなんだが・・・。






■ あまとりあ 関連記事 ■