■ 発売前のinfomationを見て購買欲をそそられるも、グラナダTVシリーズ全話あらすじ紹介に故ジェレミー・ブレット氏の情報を少々加えただけ、みたいな〈ありがち〉かつ〈陳腐な内容〉だったら私には不要だし、現物を書店で手に取り「これなら読んでみてもいいかな」と確認した上で本書を購入した。
素のジェレミーは意外にガッシリした体格なので、ホームズを演じるにあたり鋭さを表現できるよう体を絞り、入念に髪の毛をオールバックに撫で付けるだけでなく、眉を整え青白い顔色にメイクして演技に臨んでいたという。なによりドイルの原作を常に現場に持ち込み、ドラマが原作から逸脱しないよう誰よりも気を配った彼のattitudeは実に立派。
■ 過去の映像作品と違い、ホームズと対等な友人であるべくワトソンの存在意義に注意を払っているのは好ましい。それだけに第3シリーズ以降、ワトソン役の俳優が変わってしまったのが惜しまれる。エドワード・ハードウィックだとワトソンにしては若干老けているっぽく私の眼には映るので、できれば初期ワトソンを演じたデビッド・バークには降板しないでほしかったな。
■ ジェレミー・ブレットはシリーズ途中で体調を崩したような印象があるけれど、実は若い頃にかかったリウマチ熱の後遺症による心臓への負担、そして精神的疾患である双極性障害、この二つの爆弾を最初から抱えている。当シリーズは莫大な予算をかけたドラマゆえ、主役の背負うプレッシャーも尋常ではないのと、最愛の妻ジョーンが1985年に癌で病死したのもあり、第3シリーズ以降ジェレミーのコンディションが精神的にも肉体的にも少しづつ悪化してゆくのは避けられなかった。
シリーズの後半、原作に忠実というコンセプトを破綻させてまで体調の優れぬジェレミーにホームズを演じさせる愚行は、もう笑顔ひとつ作れないほど病に体を蝕まれている晩年の渥美清を無理矢理カメラの前に立たせ続けた1989年以降の「男はつらいよ」とダブるところが多くて、やりきれない。
そもそもジェレミーの体調とは関係なく、ホームズの兄マイクロフトを演じたチャールズ・グレイは〝もみあげ〟が長すぎてシドニー・パジェットの描くマイクロフトにちっとも似ていなかったし、原作でレストレード警部が顔を見せるべきエピソードなのに彼が出てこないこともあったり、ジェレミー・ブレット・ホームズの輝きの陰で、さしものグラナダTVシリーズでも百点満点を献上できぬ欠点は多々あったのだ。
著者モーリーン・ウィテカーはジェレミー・ブレットに心を寄せ過ぎて、(シリーズの問題点に触れていない訳では決してないけれど)あと少しだけ沈着冷静なマインドで批評してほしかったと思う。本書にはジェレミーをはじめ出演者/スタッフらの発言と共に、当時の各メディアが書き立てた絶賛の声も多数紹介されているが、英米Amazonレビュー欄の投稿文まで引用するのはさすがにやりすぎ。それと巻末にグラナダTVシリーズの制作/放送データは載せたほうが、若く新しいファンは有難かっただろう。