2023年1月22日日曜日

『血闘』三上於菟吉

NEW !

ヒラヤマ探偵文庫 24
2023年1月発売



★★★    新刊で於菟吉の小説が読める



 三上於菟吉の創作というと、(時代小説もそうなのか詳しくないのだが)当時の現代を舞台にした長篇はどれも、重ぐるしい流れのままエンディングを迎える傾向にある。なんでそういうニヒリスティックな作風に染まっていったのかは想像するより他にないが、彼のキャリア初期は翻訳仕事が多く、自分が手掛けた海外作品からの影響を如実に受けていると思われる。ところがこの「血闘」はいつもの於菟吉長篇と毛色が違い、無難にハッピーエンドで閉幕するのが特徴。月刊誌雄辯』に〝探偵小説〟の角書き付きで連載されていたそうで、普段の彼の芸術性よりも勧善懲悪タッチの大衆性を重んじた内容になっている。

 

 

 

物語の出だしで関東大震災発生。大川商事のトップである老実業家・大川信兵衛は瓦礫の下敷きになって絶命する。それまで忠実な顔をして信兵衛に仕えていた秘書の山口詮一はこれ幸いと、信兵衛の財産を我が物にすべく卑劣な企みを実行に移す。他の於菟吉長篇ならばこのまま山口が悪事を極めたのちに足元を掬われて失脚・・・といった山崎豊子『白い巨塔』の主人公・財前五郎のような rise & fall を描きそうなところ、(本作では早い段階で)行方知れずになっていた信兵衛の子・大川芳一(この人は自分ひとりで悪と戦える力は無い)そして彼に味方する謎の米国漂流者・細沼冬夫のふたりが中心となって山口の悪行に立ち向かう。

 

 

 

 ヒラヤマ探偵文庫にてよく扱われる大正以前の長篇探偵小説が発表されていた年代は、プロパーな探偵作家でさえまだ力作と呼べる長篇を生み出せていない時期でもあり、この「血闘」も「こんなご都合主義でいいのか?」と笑ってしまうような展開もあるのは否定できぬ。『雄辯』も結局は大日本雄辯會講談社の雑誌だし、編集部からわかりやすい作品にしてくれと注文されたのか。(そういえば後年の於菟吉長篇探偵小説「幽霊賊」も講談社の雑誌『キング』での連載だった。)

 

 

 

アクションや秘密結社を盛り込んだりするのも別に悪くはないけれど、通常の於菟吉調でもって全編ヘビーなトーンを貫く探偵小説、つまり秘書・山口詮一法学士のピカレスクな面を押し出していたらクールな仕上がりになったんじゃないかなあ。最後には山口の破滅で締めくくるとしても、帝都を崩壊せしめた関東大震災の惨状も絡めた大正期の悪漢小説を書いていれば、きっと後世になって新しい需要をもたらし、震災ノベルとして注目されたろう。でも「血闘」が書かれた大正末期はまだまだ破邪顕正な内容でないと受け入れられなかったんだろうね。私なら本作よりもまず「黒髪」を読むのをオススメするな。ん~、残念ながら今回の内容に高評価は与えられないけれど、令和になってやっと三上於菟吉の新刊が久々に出された事は非常に喜ばしい。できればちくま文庫とか中公文庫あたりのメジャー畑でも於菟吉の本が出ないかな。


 

 

 

(銀) ちなみに戦前の作品であるこの「血闘」は、戦後になって長篇推理小説『真昼の幻影』と改題して再発されている。三上於菟吉は1944年に亡くなっており、この改題は作者の意図とは全く関与しないところで勝手になされたもの。