2025年2月25日火曜日

映画『Piccadilly〈ピカデリィ〉』(1929)

NEW !

KL Studio Classics   Blu-ray
2023年9月発売



★★★★  幻の女優アンナ・メイ・ウォン




戦前日本の雑誌や新聞に発表された探偵小説の挿絵から抜け出してきたような容貌の持主Anna May Wong(アンナ・メイ・ウォン)の名を聞いたことはおありだろうか?早川雪洲/上山草人が海を渡りハリウッドで認められるべく悪戦苦闘していた二十世紀初頭、あちらには東洋人銀幕スターなどホンの数える位しかいなかった。斯様に排他的なショービズ界へ飛び込み、インターナショナルな中国系女優の先駆けとなったのがこの方。知る人ぞ知る存在ではあるものの、近年米国ではクラシック映画ファンの支持によってカルトな人気が広がり、何冊かの本が出版されている。ワタシのfavorite actress。

 

 

1905年ロスに生まれ、中国系アメリカ人を両親に持つAnnaの外見は完全にチャイニーズ。本盤のジャケット写真からもわかるとおり、170cm近い身長にスラリと伸びた美しい脚、百年も昔のアジア人女性では考えられない恵まれたスタイルが目を引く。ところがれっきとした米国籍にもかかわらず、yellow peril(黄禍論)の横行により彼女も謂れ無き差別を受け、ステレオタイプの中国女や怪しげなヴァンプ等を演じさせられること少なからず。それが不服でヨーロッパにも進出したAnna。本日紹介するPiccadillyは英国制作映画である。






【 仕 様 】

リージョン:A(日本のブルーレイ・プレーヤーで再生可能)

【 画 質 】

100点中91点

【 ストーリー 】

ロンドンのナイトクラブ&レストラン「Piccadilly Club」を経営するValentine Wilmotは雇っているダンサーMabel Greenfieldと恋愛関係にある。ちょっとした諍いからMabelのダンス・パートナーVictorが辞めたため収益が落ちて頭の痛いValentine。そんな時、彼は自分の店の皿洗い場で働く若い中国娘 Shoshoに目を付け、それまでのステージングとは趣きの異なるオリエンタルな舞踏を踊らせたところ、意外にも客は熱狂。かくしてShoshoは「Piccadilly Club」におけるダンサーの座を得た。Valentineとただならぬ仲になってゆくShoshoに激しく嫉妬するMabel。ダンサーとしての地位ばかりかValentineとの関係も譲ろうとしないShoshoに、Mabelは隠し持っていた小型拳銃の銃口を向け・・・。



「Piccadilly Club」のオーナー/Valentine Wilmot(Jameson Thomas)



ダンサー/Mabel Greenfield(Gilda Gray)
本来この映画の主役はこの人

 
 
本作はサイレント映画ゆえBlu-rayに字幕は付いていない。Annaの声もここでは聞くことができない。脚本こそ何ということもない話とはいえカメラワークや映像面の演出が洗練されており、観ていて心地良い。フィルム・ノワールの祖先とまで賞賛する海外の評論があるらしく、終盤に殺人事件が発生し、真犯人は誰かちょっとしたフェイクもあって、そのような見方をしたくなる気持ちもわからんではない。ただ私に言えるのは、この映画にミステリ的な要素があるとかないとか関係無く、観る人を魅了するのはAnna May Wongの小悪魔ぶり、それだけ。

 

 

ライムハウスの貧しい中国人コミュニティで生活しているShosho。「Piccadilly」のストーリーにはそんなロークラスの連中と、Valentineはじめナイトクラブ周辺人種との格差が根底に横たわっている。ただの皿洗い係だったShoshoが一転してステージで妖しく踊るくだりも良いけど、Valentineを自分の部屋に招きソファーで横になって彼を誘惑するシーンが出色。我が国に限らず規制が煩かったのは英米の映画も同じで、本当ならValentineShoshoのキスシーンがあるべきその瞬間、画面は切り替わる。キスに至る迄のShoshoの仕草は特別エロティックなことなどしていないのに、得も言われぬ官能的ムードが横溢。



ステージで舞うShosho(Anna May Wong)



ソファーで・・・



サイレント映画というのはレストアする際など、後付けで音楽をダヴィングするケースが多い。「Piccadilly」の場合、元々付いていた音楽をNeil Brandという人が録音した現代風なジャズ・サウンドに置き換えてしまっている。何故そんなことをしたのか解らないが、Neilの音楽は1920年代のフィーリングには程遠く、本来のJazz Ageを理解している人からすれば首を傾げたくなる改変。オリジナルはどんなもんか聴いたことが無いから、一概に否定ばかりもできないけれど、この点だけは疑問。




改めて言っておくが、Annaのフィルモグラフィーに現代人が誰しも知っている超メジャーな作品は無い。しかし「Piccadilly」は現存するフィルム、そしてソフト化されたもののうち、全盛期の彼女の魅力を捉えた代表作だと云われている。Blu-rayで彼女の出演作を楽しもうにも、まだまだアイテム数は少なく、ミステリ映画にも出てはいるが、「A Study in Scarlet〈緋色の研究〉」(1933)みたいに(現行品で流通してても)下らなくて観る気がしない駄作じゃあねえ。

フォトジェニックな人だからモデルと呼んでも差し支えなく、ネット上の旧い映像を動画で観る前に、雰囲気のあるポージングでキメている写真を眺めるのも良し。映像作品よりむしろゴージャスな写真集こそ早急に刊行されるべきなのかもしれない。満点に近い★4つの評価はAnna贔屓の偏愛であって、一般的な映画鑑賞の尺度ではないから誤解なきよう。






(銀) こういう神秘性のある女優がいれば私だってもっと戦前の日本映画を追うだろうけど、誰もいないからね。第一、探偵小説を映像化したものだとフィルム自体ちっとも残っていなくて話にならない。それはともかく「Daughter of the Dragon〈龍の娘〉」(1931)のBD、早く出してくれ。