2025年2月28日金曜日

『悪魔博士フー・マンチュー』サックス・ローマー/平山雄一(訳)

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ヒラヤマ探偵文庫 08
2020年9月発売



★★★   日本ではなぜかウケないフー・マンチュー博士




フー・マンチューものには明るくないので、自分の為の手控えとして本書の巻末にあるシリーズ一覧を頼りに少し調べてみたが、海外の人気とは対照的に日本では最初の二作を除くと全然翻訳されていない様子。ふーむ、道理で何作も読んだ記憶が無い訳だ。
本書収録長篇「The Devil DoctorThe Return of Dr.Fu Manchu)」でさえ訳者・平山雄一は「戦後の全訳となると本書が初めて」と述べている。

 

 フー・マンチュー・シリーズ 作品リスト



1913  「The Mystery of Dr. Fu ManchuThe Insidious Dr. Fu Manchu)」

        =『怪人フー・マンチュー』嵯峨静江・訳/HPB 1757

 

1916  「The Devil DoctorThe Return of Dr. Fu Manchu)」

      = 本書

=『悪魔博士』寺田鼎・訳/改造社

=『魔人博士(再発時には『悪魔博士』と改題)』山中峯太郎・訳/ポプラ社

 

1917  「Si-Fan MysteriesThe Hand of Fu Manchu)」

1919  「The Golden Scorpion」(但しフー・マンチューは脇役とのこと)

 

1931  「The Daughter of Fu Manchu

1932  「The Mask of Fu Manchu

1933  「The Bride of Fu ManchuFu Manchu’s Bride)」

1934  「The Trail of Fu Manchu

1936  「President Fu Manchu

1939  「The Drums of Fu Manchu

 

1941  「The Island of Fu Manchu

1949  「Shadow of Fu Manchu

 

1957  「Re-Enter Fu ManchuRe-Enter Dr. Fu Manchu)」

1959  「Emperor Fu Manchu

1973  「The Wrath of Fu Manchu」(過去の中篇・短篇を収録)

 

 

平山雄一は「第二作である本作をいきなり読んでも差し支えない」と言うが、フー・マンチューについて予備知識ゼロの読者が初めてこの本に接する場合、謎の怪人を向こうに回して戦うネイランド・スミス&ピートリー博士(物語の語り手)のコンビ、そしてフー・マンチューの手下になっている美少女カラマニ、このレギュラー三名のバックボーンを理解できていないと話を十分咀嚼しづらいんじゃないかな。ざっくりでもいいから第一作『怪人フー・マンチュー』の内容は頭に入れておいたほうがいい。

 

 

なんだかんだでピートリー達を助けたり、自分の欲望次第で容赦なく仲間のルパン三世を裏切る峰不二子ほどドラスティックなキャラじゃないにせよ、どっちの味方なのかよくわからないカラマニの行動はこの第二作から読み始めても掴みにくい。
Si-Fan MysteriesThe Hand of Fu Manchu)」は邦訳書が出ていないけれども、シリーズ第一作から第三作までは一括りになっているみたいなので、尚更続きものとして読むほうが好ましいのかも。それはそうと、フー・マンチュー一味もネイランドやピートリーを捕えたらさっさと殺してしまえばよかろうに、結局カラマニが救いの手を差し伸べたりして、そういうパターンの繰り返しがどうも・・・ね。

 

 

白人中心の体制を壊滅させるのがフー・マンチューの野望。でも実際描かれている悪巧みに比べたら、その野望はデカすぎるような気がする。007シリーズの内容ならスペクターが世界征服を目論んでいても不自然さは無いけど、フー・マンチューの犯罪はあそこまで大掛かりではないんだし、標的にする対象はもっと絞り込んでよかったんじゃない?ただ、小難しい謎の提示も無くヴィジュアル的にキャッチーなシーンは多いから、小説を読むより映像で観たほうが楽しめそうな点でイアン・フレミングのジェームズ・ボンドとも共通している。

 

 

本書は〝China〟を〝中国〟と訳さず〝支那〟で統一。これなど同人出版だから成し得る攻めた表現。腰の引けた商業出版社は決して許可しないだろう。訳者は差別的な意図で〝支那〟という言葉を使っているのではない。サックス・ローマーが中国人をどのように見ていたかわからないけれど、フー・マンチューが欧米の「黄禍論」を擬人化したキャラクターであるのは確か。主人公のコンセプトも踏まえ、あの時代の空気感を掬い取ろうとした一種の時代考証だと私は受け止めている。悪くない。

 

 

(銀) 米パラマウントでフー・マンチュー映画第一弾「The Mysterious Dr. Fu Manchu」(1929年)が制作された時、そのオープニングにて主人公の怪人は義和団の乱によって英国軍に家族を殺されてしまったため復讐の鬼と化す設定になっていたのは私も知っている。だけどサックス・ローマーの小説にそんな来歴書いてあったっけ?映画におけるフー・マンチューのエピソードが勝手にひとり歩きして、原作の設定までそういうことにされてない?