2023年11月6日月曜日

『讀切小説傑作探偵篇』月野櫂太

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旺玄書房
1947年11月発売



★★★     謎の作家 月野櫂太





五短篇が収録されているこの仙花紙本は、オモテ表紙・背表紙・目次のどこにも作家の名前が書いていない。本のタイトルからして一見アンソロジーに思えるけれど、奥付を見たら著者/月野櫂太とクレジットがあったので「ああ、これは長篇『黒岩鍾乳洞事件』(京光堂/1947年刊)を書いた人の著書か」と判断した次第。なにせ情報が無く、既存マイナー作家の別名義である可能性もなくはないけど、どういうキャリアを持ち他にどんな作品を残しているのか掴めていないのが実情なのだ。

 

 

「片腕のない男」

「黒岩鍾乳洞事件」に出てきた語り手の〈私〉(名前は兼治というらしい)/󠄁の姉の夫で新聞記者の山形壯太郎(探偵役)/町田刑事、この三名は引き続き登場する。兼󠄁治の生活環境の変化から推し量ると、この短篇は「黒岩鍾乳洞事件」後の話らしい。

 

美しい流行歌手・花山香代子は片腕を切り落とされる悪夢を見たと兼󠄁治に告げ、怯える。その後も腕の無いヴィナスの石膏細工が香代子の家に届いたり、早朝庭にいた香代子の前に醜悪な顔の片輪男が姿を現わす。不穏な出来事が続いたあげく、香代子の身近な者が一人また一人殺されてしまうが、山形壯太郎はちょっとした矛盾から犯人のトリックを見破った。

 

レギュラー・キャラを起用し、謎解きに挑戦している点は(詰めの甘いところはあるけれども)悪くない。ただ犯人の動機と猟奇的行為とを結ぶ根源について、作者は曖昧にせずもう少しだけ説明しておく必要があろう。

 

 

「あるマダムの悲劇」

独り者になって三年になる二十八歳のマダム・時枝は喫茶店「あむーる」の顔。そんな時枝は、仲間から普段馬鹿にされているパッとしない学生・風島俊男に自分でもよくわからぬ思慕を抱くようになる。複雑な気持ちにさせるラストシーン。

 

 

「寶石が笑つた話」

戦争が終わるまで大陸にいてケチな悪さをしてきた三五郎/丹次/蛇六/半吉のグループ。銀座の時計店・一味堂からお宝を盗み出すため、親分三五郎はドジで下っ端の半吉に一芝居打たせて一味堂に潜入させるが・・・。笑いがメインの小悪党ミステリ。町田刑事はチョイ役出演。

 

 

「蚊蜻蛉の復讐」

青山鐵男青年は先天性なのか後天性なのか、子供の頃尖ったコンパスの先で自分の片目を刺す衝動が起きたり、普段はそうでもないのに時として残虐な一面がムクムク鎌首をもたげてくるような猟奇の徒。せっかく初恋の相手とつきあっていながら、結果青山は血みどろの殺人を犯してしまう訳だが、些細な事から彼のアリバイは崩れてしまう。事件担当は前述の町田刑事なれど探偵役と呼べる程の存在感は無い。

 

 

「秋の突風」

古谷貞江は富も美しさも備えている貿易商人の一人娘。貞江には立派な医者の長男・藤川重夫ともういつでも式を挙げてもいい仲である筈なのに、重夫はなぜか貞江から離れようとする。道端で貞江に声をかけてきた見知らぬ女・みち子は重夫とどういう関係にあるのか?

 

 

 『傑作探偵篇』と題していても、「あるマダムの悲劇」と「秋の突風」の二篇は(事件・犯罪ではなく)男女間のモヤモヤが主題。作風に様々ヴァリエーションを持たせられるワザがある人なのか判断は付かないけど、月野櫂太には「片腕のない男」「蚊蜻蛉の復讐」みたいなもの、あるいは山形壯太郎登場作だったり「黒岩鍾乳洞事件」のように幽気漂う中~長篇をもっと書いてほしかったな。★4つに限りなく近い★3つ。

 

 

 

(銀) 月野櫂太の著書はこの二冊ぐらいしか知らない。プロパーな探偵小説を書く時には、それなりに謎解き要素を含ませようとしているし、ある程度活動を続けて作品数を残せていたら、本格風味の作品も書いている人として、もしかして好事家には注目されたかも。



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