2021年11月14日日曜日

『謎の二重体』段沙児

NEW !

泰山堂
1947年6月発売



★★★★     ダンセイニをもじったような筆名





いささかカタめの文体にはどことなく前回の記事で取り上げた木々高太郎っぽさが。『謎の二重体』なる書名の前には〝推理小説〟の角書きが付いており、敗戦二年目にして〝探偵小説〟ではなく新しいこの名称を使っているのはわりと早いほうかも。木々が〝推理小説〟というネーミングを提唱したのは本書が刊行されるちょうど前年の事だし、この作者は木々にシンパシーを抱いていたのだろうか。




段沙児もその正体はハッキリしておらず、若狭邦男は『探偵作家発見100』にて「段沙児とは(1940年代に)キングストン/ウェルズ/ヴェルヌ等を翻訳した清水暉吉だ」と申し述べ、それまで流布していた久野豊彦説を否定した。本書収録作品以外だと段沙児の探偵小説はロード・ダンセイニの作品を翻訳したとみられる「二本の調味料」だけしか見つかっておらず、戦後はエログロ犯罪実話の執筆が多くなるのが残念。本書に収められた五短篇は下記に挙げる固定キャラクター三名を中心に動かした、実話ものではなく創作である。仮に翻案があったとしても全部ではないように思える。

 

野島龍三  ・・・・・・・・・・・・・・・・ 数学者/素人探偵(三十八歳)

石田順之助 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 野島の友人/生物学者(三十七歳)

吉川作太郎 ・・・・・・・・・・・・・・・・ 野島の友人/警視庁警部(三十九歳)


 

 

 「謎の二重體」

両親のいない資産家の一人息子である末方青年には、セクシーなカラダを持ちながらも控え目で貞淑というダンサーのカノジョ=今井夢子がいるのだが、彼は神経を病んでコカイン中毒な上、「自分は夢子をイカせられないのではないか?」とインポテンツの不安に脅え、いまだ彼女を抱けず、距離を置いて交際している。そのうち夢子は末方の二重体(ドッペルゲンガー)なるものを度々目撃するようになって、その不安を野島龍三に相談するのだが・・・。この時代、後背位で行うSexは獣のような姿態であり極めて変態的であったそうな。               

 

 

 

 「木喰仙人怪死」

半年ほど前から町に流れきて、トタン張りの小屋を建て住み着いていた木喰仙人という綽名の乞食が自らの小屋で絞殺されているのが発見される。解剖に廻したところ、死体の仙人髭が実はつけ髭であったと判明。一方、野島と石田順之助は養新堂という写真屋の店主が断崖から飛び込み自殺をしたとの話を吉川警部から聞かされるが、養新堂では一年前にも若い番頭が全く同じ場所で自殺していた。この三つの事件の要因に辿り着く迄はよかったが、野島は勇み足で人を死なせてしまう。ラストシーンの手紙による野島の悲痛な告白は演出としてGoodな反面、すぐに会って話せる身近な立場の吉川警部にわざわざ真相を書面で伝えようとする行為は不自然な気も。

 

 

 

 「波型の靴底」

石田は妻のお供で親戚の子供の運動会の応援のため小学校へ足を運ぶと、吉川警部が運動会の委員らしき数人の紳士と真剣な顔でヒソヒソ話し込んでいた。学校周りを走るマラソン競技に参加していた男子生徒の一人が、人気の無い場所の多いコースの途中で行方不明になったというのだ。作者の頭にはドイルの「プライオリ学校」があったのかどうか(私はつい連想した)、動機の面に独自の発想があればよかった。

 

 

 

 「結婚綺談」

石田と野島は高等学校時代の恩師である大代氏の娘の結婚式に出席。そのめでたい式場の中に、ボーイに変装した吉川警部の姿が。式が終わって彼らが警部の指定した場所に向かうと、大代家の末娘である当夜の花嫁+男兄弟七人が揃っている。そこで語られた奇妙な話というのは、速達小包で届いたシガレット・ケースから飛び出した刃によって掌を負傷したり、寄席の帰り際に靴を履こうとして靴の中に入れられていた刃で足の裏を負傷したり、このところ不審な出来事が大代家の男兄弟七人に限って起きているというもの。ただ、その刃に即死させるような毒は塗られてはいなかったので死者は出ておらず。 


結局どういう着地をするのか?という点ではこの作が一番興味深かったが、現行本で出すとなると、ポリコレにビビる大手出版社はきっと収録をいやがるのだろう。これ読んで真相を知ったら九州の人は怒るかな。

 

 

 

 「蜜蜂の巣箱」

一番最後に収録されているが、石田と吉川警部が初めて出会う内容なので本来なら本書トップに来るべき作。石田が助手を勤めている今村教授がなにかの中毒で死に、眼の下に焼き鏝のようなもので押した烙印が残されていた。養蜂といい殺人方法といい、これもドイルの影響あり。

 

 

 

(銀) 最初に段沙児は木々高太郎寄りの人かなと書いたけれど、ことさら人間を描く事に傾倒した路線ではなく、謎解きを見せるプロットが組まれている。そのテクニックはすごく上手い訳ではないけれど、せっかくならエログロ犯罪実話などへ走らず、探偵小説の創作にトライすればよかったのに。