2023年2月6日月曜日

『密室殺人』楠田匡介

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青樹社
1963年5月発売




★★★★★  今も復刊されていないトリック・ミステリ短篇集





 長篇推理小説と銘打っているけれど本書の中身は短篇集で、その殆どはトリックを軸とした内容。昭和2030年代に書かれた探偵小説を眺めれば、一線級になりきれず歴史の中に埋もれてしまった作家が様々いる。楠田匡介/鷲尾三郎あたりも鮎川哲也/高木彬光とは姿勢が異なり、キャリアの中で本格風なトリックがある作品は少数しか書いていないのに、昭和末期以降は再発される事がなく稀少扱いされ、彼らの旧い単行本を一部の本格ミステリ狂やら古本狂が妙に珍重するもんだから古書価が跳ね上がってしまった。それもトリック小説である/ないに関わらず、である。誠に滑稽で笑ってしまう。

 

 

「ストリッパーの怪死」「誰も知らない」「拳銃の謎」「奇怪な腕」

「灯殺人」「河豚の皿」「人肉製紙」「殺人スキー」

 

 

 本書収録作すべてレギュラー・キャラ田名網幸策警部が登場。とはいえ必ずしも田名網警部が最終的な謎解きをする訳ではない。書名どおり楠田匡介が密室殺人に取り組んでいるのはいいとして、状況を描写すべき部分が粗っぽくそれが少々気になる。やっぱ願わくば読み手に対して100%フェアじゃないとね。「ストリッパーの怪死」にて兇器に使われる家庭用製麺機なんか、今この短篇を現行本に収録するには、それ自体どういう形状なのかを注釈で説明する必要があるのかもしれない。

 

 

後半はトリック以上に悪趣味なグロを押し出した作も入っており「人肉製紙」は楠田の別の著書『人肉の詩集』(あまとりあ社)に収録されていた表題作を改題・再録したもの。「河豚の皿」にも殺人トリックはあるのだが、印象に残るのはフグを食する蘊蓄のほうで、どのトリック作品もこれぐらい丁寧仕掛けを描いてほしい。

 

 

楠田匡介は北海道の人だから「殺人スキー」に見られる北国の小ネタはよく書けているし、またパルプ工場勤めの知識も「人肉製紙」に十分注ぎ込まれていて、彼の十八番ともよべる脱獄ものがそうだが、自分の経歴がうまく活かされている時の楠田作品は輝きを増す。


ただ昔から江戸川乱歩が言っていたように、日本人は本格を書こうとする人に限って文章が拙くなる傾向がある。トリックに挑んでいる時の楠田はその欠点が露呈してしまうのが惜しい。本格ミステリ狂/古本狂は深く考える事もなく、どんな珍トリックだろうとありがたがるだろうが、かつて松本清張が探偵小説を批判する時によく口にしていた〝実際ありそうにもない無理矢理なからくり〟そして〝どぎついグロ〟といった点では、探偵小説プロパーではないリアリティを求める読者から拒否反応を示されそうな要素も孕んでいる。

 

 

 そんなこんなで不満な点もあるけれど、楠田匡介本人には何も非は無いのに湘南探偵倶楽部の悪質な同人本(2022年10月の記事を見よ)のおかげで、至極真っ当な常識を持つ世間の人々に対しあまりにも悪い印象を与えてしまったのもあるし、本書収録短篇はアンソロジーなんかで小出しにされる事はあっても、未だに纏めて現行本にはなっていない。他人様の作品の本を出す資格など1ミリもないボケた老害人種ではなく優秀な編者の手で近い将来この『密室殺人』も万人が読める日が来るよう、少し甘めながら★5つ。

 

 

 

(銀) 私が持っている『密室殺人』は再発の青樹社版なのでこちらを使ったけれど、本来は1959年刊同光社出版のものが初刊本。同じ紙型かな?