2023年2月21日火曜日

『紙の爪痕』花屋治

NEW !

光風社
1962年1月発売



★★★★   騙すなら、完璧に騙して




 江戸川乱歩の親戚筋にあたり、名著『怪盗対名探偵』『乱歩おじさん』で知られる松村喜雄花屋治のペンネームで発表した長篇。昭和30年代の日本は社会派推理小説やハードボイルドがメインストリームになっていたし、従来の探偵小説マナーのままだと古臭く受け取られてしまうのを意識してか、東京株式取引所での自身の経歴をプロットに落とし込み兜町を舞台にして幕が上がるあたり、(私の好まぬ)サラリーマン・ミステリっぽくも映る。国際線の運航が広がってゆく復興日本の有り様が見て取れるので、同時代のいなたい探偵小説よりも近代的な印象。

 

 

 ヒロイン・西島由利のアパートへ刑事が来襲、隣室に住んでいる前沢朝子が失踪したというので、あれこれ由利を問い詰める。さらに山中証券における由利の上司・武林三蔵 外国部長が何の前触れもなく長期休暇届を会社へ送り付けたまま、こちらも行方知れずに。出だしは西島由利がお節介な気質で事件に首を突っ込んでゆくので、このままこのヒロインが厚かましく素人探偵気取りになったらイヤだなあと様子を見ていると、もうひとりの女性キャラ・小林二葉の登場によって物語は徐々に探偵小説らしくなってくる。(以下、伏せておくべき文字は  で記す)

 

 

この作品、アウトラインさえ迂闊に漏らしてしまうと地雷を踏んでしまいそうだから下手な粗相は書けない。小林二葉の身分が明かされた後、読者に背負い投げを食わせるトリックが次々繰り出され特にクライマックスでは「エッ、実はあの人 ✕✕ だったの?」的な驚愕(?)の真相が。そう、前半こそ話がゆるゆる進むけれども中盤以降になると徐々に本格らしさが姿を現してくるのだ。し・か・し。そうは言っても、「本格だ!本格だ!」と大喜びして安直に賛辞する訳にもいかない。

 

 


 次に述べる不満さえ無ければ★★★★★を進呈してもよかった。ギリギリの線でこれぐらいなら言ってもいいだろう。冒頭、刑事からの聴取で西島由利は隣人の前沢朝子について「音楽とモードのことを話しただけ」「二、三度しかまとまった会話はした事がない」と言い切る。それなのに話が進むにつれ、実は由利は ✕ を前沢朝子に貸した過去があった事実が浮上。待て待て、そんなん聞いてないわアンフェアやん。それに(ぼやかして書かざるをえないけど)終盤で暴露される前沢朝子のとんでもない秘密を、親しいとまではいかなかったとはいえ由利が気付かない筈がないだろ~。

 

 

初期の『ゴルゴ13』で旅客機ハイジャックをテーマにしていた「At pin Hole!」や「ジェット・ストリーム」あたりの逸品エピソードも数十年前だから成立していたが、空港での保安検査が煩わしくなった現代では絶対にムリ。それと一緒で、本作の〝トリック〟も今となっては使えないネタである。時代が限定されたりあまりに素っ頓狂なトリックは社会派ミステリ花盛りの時期にはどうしたって不利だし、あげく主流になり損ねてしまった作品なのであった。

 

 

 

(銀) 最後の最後でもうひとつひっくり返して、グレーな感じで終わる・・・みたいな演出は乱歩の「陰獣」を真似してみたかったのかな。それと、松村喜雄は証券取引の世界で働いていたので本作に描かれている公債の話は満更フィクションじゃないと思うけれども、我が国が戦争に負けたどさくさで実際こんな犯罪って起こり得るものなのか。本作に書かれている業界のことは私は知識が足りなくてよくわからない。



恥ずかしい事に、当Blogの過去の記事にて松村喜雄と書くべきところを松村善雄と誤記していたので、今回すべて訂正しておいた。