● 田村正和が亡くなって、早一年が経とうとしている。そのわりには〈雑誌/書籍〉の紙メディアでも〈地上波/BS〉といったテレビ・メディアでも、彼の役者人生のすべてを偲べるような追悼企画といえるものは見当たらない。渥美清や高倉健が逝去した時には、何かしらそれなりの追悼番組が制作されていたと思うのだが、正和氏の訃報後、目にするものといったら『古畑任三郎』の再放送ばかり。あとはCSでやってる『パパはニュースキャスター』とか、既にソフト化されている作品の安易なリピート。彼ほどの存在が生涯を閉じたのに、この扱いは納得がいかぬ。あのバンツマ(父・阪東妻三郎)の超スター性を、田村三兄弟の中で最も受け継いだ男だぞ。
訃報が伝えられたのはちょうどコロナ騒ぎの真っ只中。最初のうちは「田村正和の亡くなった原因もコロナでは?」という勘繰りさえあったようだ。正和氏の追悼番組を作ろうとテレビ関係者が動かないのはコロナの影響?イヤ、そんな事は無いはず。では正和氏のマネージメント・サイドがそういったものを断っているのだろうか。先日も『徹子の部屋』に弟・田村亮が出演して兄の想い出を語っていたが、これだけではなんとも寂しい。
そんな中『ミステリマガジン』最新号の表紙を田村正和演じる古畑の姿が飾っていた(この記事の左上にある画像を見よ)。これとて『古畑任三郎』の特集であって、決して田村正和特集ではないのだけど、俳優・田村正和の軌跡を振り返る書籍が何も制作されていない現在、往年の内容とはすいぶんかけ離れた方向へ行ってしまったこの雑誌ではあっても、今月号のちょっとした特集を眺めるだけで、少しは救われた気持ちになる。
● 久方ぶりの映画出演となった『ラストラブ』(2007年)の頃から、正和氏は「そろそろ店じまいしたい(=引退したいという意味)」と口にしていたし、その前年『古畑任三郎 FINAL』でシリーズにケリを付けたあとは連ドラ出演も減ってゆき、年一回スペシャル・ドラマで顔を見せる程度の露出になっていた。晩年いつも「静かにフェイドアウトしたいね」と語っているのは知っていたので、テレビで正和氏の姿が見られなくなるとしても、心の準備(?)は出来ていたつもり。とはいえ遺作となった『眠狂四郎 The Final』や、その後成城の街中で散歩しているところを直撃取材された時の正和氏は、以前にも増して瘦身になっており、見ていてつらかったのだが。
氏はもともと、心臓があまりよろしくなかったと聞いている。『古畑』シリーズがスタートする四年前、日テレでやった年末のスベシャルドラマ『勝海舟』では当初正和氏が主役を務めていたものの、急病にて途中降板となり、後半部分は弟・田村亮が代役リリーフ。この頃から何か体に異変が起きていたのかもしれない。そういえば『古畑』の2ndシーズンと3rdシーズンの間にも「体調があまりよくない」という、まことしやかな噂があったぐらいで。
だから昨年の春、「田村正和、逝く」とテレビの情報番組が騒ぎ立てた時にも、「ああ、ついに来るべき時が来てしまったか。でもコロナは勿論、大病で長く苦しむことも無く、正和氏が生前望んでいたとおり静かに退場できたのなら御本人も身内の方も良かったのではないか・・・。」と頭の中で考えていた。
● 話を今月号の『ミステリマガジン』に戻すと、『古畑』特集のメインは番組プロデューサー石原隆×脚本担当三谷幸喜の対談。そして近年三谷が新聞に発表していた活字による古畑任三郎短篇「殺意の湯煙」、『古畑』サントラ記事、そして『古畑』シリーズ登場人物の元ネタ・チェック。三谷幸喜特集ではなく『古畑』の特集だから難しいかもしれないけれど、せっかく三谷を引っ張り出しているので、クリスティ翻案・勝呂武尊シリーズについてもしっかり頁数をとり、その魅力を解析してくれてもよかった。
今回『ミステリマガジン』が『古畑』の特集を組んだのは、現在DeAGOSTINIが隔週刊で『古畑任三郎コレクション』を発売しているからかもしれない。私は『古畑』シリーズについてはVHSテープ時代の録画、そしてDVD-BOX(3rdシーズンの画質があまりよくなかった)と、あまりに何度も観過ぎて、感覚が麻痺してしまっている状態。だから今更そんなに言いたいこともないのだけど、やはり観るに値するのは2ndシーズンまでというか、3rdシーズン以降は「しゃべりすぎた男」(明石家さんま)や「魔術師の選択」(山城新伍)級の上出来なエピソード、つまり再見に耐え、ミステリ的な驚きを視聴者に与えられる回は残念ながら作れなかった、そんな感想を持ち続けて今日に至っている。
3rdシーズンの或る回の中で三谷幸喜が古畑にボヤかせているように、日本のドラマは一時間枠ったってCM等を除けば正味たったの45分しかない。おまけにスポンサーがうるさいから車で轢き殺すのはダメだとか、無用な縛りが多過ぎる。これで『刑事コロンボ』級のクオリティを求めるのは酷というものだ。それでも『すべて閣下の仕業』や『FINAL』には期待したんだけどね。(石坂浩二に心理操作をやらせるというアイディア、松嶋菜々子の二役演技は良かったけれど)
当初三谷は古畑シリーズについて「ドイルのシャーロック・ホームズと同じ60エピソードぐらいは書いてみたい」と発言していた。せめて古畑もあと1シーズン連ドラをやれていたら・・・・。でも、肝心の正和氏が「古畑は大変だし、もうやりたくない」としょっちゅうコボしていたそうだから、スタッフは殿と三谷幸喜の両方をなだめ、その気にさせるのに大変だったろう。
● 今回の『ミステリマガジン』をきっかけに、テレビでも書籍でも今からでも遅くはないから田村正和・俳優人生のアーカイヴスを制作してほしい。CMにはよく出ていたけれど、作品以外のところでは、下らないバラエティ番組に出たりせず、普段の生活も見せず、我々一般人には手の届かない特別な存在であり続けようとした氏のプロ意識が、私にはとても好ましかった。
昔たまたま偶然、生の正和氏をお見かけしたことがある。まだ『古畑』が始まる前の話で、陽の暮れた西麻布交差点を広尾駅のほうへ歩いていた時だと記憶しているのだが、道路沿いにある、小ぶりでトラットリアみたいな感じの一軒家の店の前を通るとガラス越しに店内がよく見えて、内輪のパーティーそれとも打ち上げか、同席している人達と立ったままにこやかに談笑している素の田村正和の姿がそこにあった。ケータイなんていうものが無かった時代だし、礼儀知らずな人間に外からバシャバシャ写真を撮られるのを気にする必要もなく、楽しいひとときを過ごされていたに違いない。
(銀) 『ミステリマガジン』の裏表紙を見るとAXYミステリーでは、4月3日(日)【没後1年特集 田村正和と推理作家の巨匠たち】というのをやるそうだ。とにかく私は『うちの子にかぎって… 』でコミカルなキャラクターとしてブレイクする前の、神経質で暗そうな青年時代の正和作品をひとつでも多く観たいのである。
大河には殆ど出ていないせいもあってNHKとは縁遠そうな正和氏なれど、全四十四回という一年近い連ドラの主演を務めている。1977年の『鳴門秘帖』がそれで、原作は吉川英治なんだけど、脚本が『新八犬伝』を手掛けた石山透だし、なんと小林麻美も出演。この番組もまたNHKは保存していなかったのだが、視聴者からの録画提供によってほぼ全話揃ったというネット・ニュースを以前確認済み。地上波でもBSでもいいから早く全話放送してチョーダイ。