早川書房退社後、翻訳や幻想文学研究の分野で活動している1953年生まれの著者による評論。NHKカルチャーラジオの副読本『怪奇幻想ミステリーはお好き?』(2014年)を加筆改稿して新潮選書から再登場。
ファンタジーやホラーを好む著者。本書ではゴシックの発生から論述を始め、それがポー/ドイルを経て、どのように日本探偵小説の誕生へと辿り着くのか、前半は欧米の作品をシャーロック・ホームズの時代まで眺め、後半は黒岩涙香に代表される翻訳小説の流行から日本探偵小説の隆盛まで、国内シーンの基本的なところを押さえつつ、ピリッとした味付けも適宜加えながら進行する。
◪ 「オトラントの城」 ホレス・ウォルポール(1764年)
◪ 「ケイレブ・ウィリアムズ」 ウィリアム・ゴドウィン(1794年)
◪ 「マンク」 マシュー・グレゴリー・ルイス(1796年)
◪ 「イタリアの惨劇」 アン・ラドクリフ(1797年)
文化と文学を織り成す評論には先行書が存在する訳だが、ここではまず欧米ゴシックの濃い~源泉を丁寧にレクチャー、そこからようやく(ミステリ評論では通常冒頭に置かれる)ポーへと繋ぐのが本書の特徴で、後半の日本篇は筆者の専門である〝幻想文学〟の視点にそれほど拘泥はせず、バランス良く整えられている。全史と謳っているし無難に着地させてるな、という印象か。広い読者層を対象にしたいのならこれでいいのだろう。
個人的には思い切って日本篇も、というかいっそ全編〝幻想〟〝ゴシック〟の視点に絞り込み、さらにニッチな切り口でこの種の小説世界を濾過してもよかった気がする。その方向性で行くには全史というカタチを選んでしまうと、どうしても定番どころに触れざるをえず、総論っぽい薄口になってしまう。このようなミステリ全史を語る評論はわりとありがちなので、せっかく出すなら、なるべく他者がまだ手を付けていない事をやってほしい。まあ新潮社編集部の意向を汲んだり、といったハードルもあってアレなんだろうけど。
(銀) 著者の語り口、ですます調ではなくてカタめのほうがよかったんじゃないか?その上「なんだ、こんなこともわからなかったのか、私ってバカ!」「なんだ、こんなのわかったよ、私って天才!」(どちらも58ページ)って、この軽い感じはどうも読んでてムズムズする。