2022年1月5日水曜日

『幽霊の接吻』宮野村子

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盛林堂ミステリアス文庫
2021年12月発売




★★★★   現(うつつ)に戻す罪の深さを




❆ 盛林堂の宮野村子も巻数を重ね、さすがにクオリティが落ちていくのかなと思われたが、『無邪気な殺人鬼』『童女裸像』といったこれまでの三冊の中では一番良かったかもしれない。前二冊以上にバラエティ感に富み、探偵小説にうるさくないフツーの読者にも読み易くて、同人出版としては商品性高いんじゃないの?

 

 

 

❆ それでは今回も一作ずつチャッチャッと紹介していこう。まずは江戸川乱歩「心理試験」の前半部分をアダプトしたような「罠」。殺人をやり遂げた後の発覚部分はあっさり短め、宮野村子にしては感情移入を控え〝お仕事〟モードに入って書いたような一篇。

 

 

次の二つは作者の最も得意とする、女ごころの複雑怪奇さに翻弄される男を描いたもの。まず「夜の魚」。街の仲間達にも知れているほど健一は春美に気があるのだが、彼にとって春美は〝上手(うわて)の上手(うわて)〟な存在。蒼い敗北感に苛まれ、健一は姿を消す。半年後、街に戻ってきた健一は少し大人びた変化を見せるのだが、その事が皮肉にも春美にダメージを与え・・・。



「心の記録」は短篇ながらも枚数の多い力作。
内縁の妻を絞殺した罪で裁判中の原健一(「夜の魚」の健一とは無関係)。あまりにも素直に供述する健一に対し、裁判員達は「被告にはまだ語られざる何かがあるのではないか?」と決め手に悩む。健一の人生には消そうにも消せない暗い残像があった。

物心つく前に、母親は彼を捨てて去っていった。祖母が健一を引き取ったものの体を壊し、不幸なまま一人この世に残すくらいならと祖母はタオルで健一の首を絞めようとしたが、それはあやうく未遂に終わる。最終的に健一の面倒を見てくれたのは家出した母の従姉妹夫妻で、その明るい森本家にはさく子という健一の姉代わりになる娘がいた。だが戦争によって、ふたりの運命は弄ばれてしまう。

前半では裁判員が推理/斟酌する健一の内面を、後半は健一自身のトラウマ、そして悲劇に至るまでの道程を描いた多面的な物語。奇しくも木々高太郎が書いていてもおかしくないような出来である。


 

 

「黒眼鏡の貞女」は主人公の設定がユニークで、按摩さんのような〝めくら〟に近い視力しか目が見えない女の薄幸を書くのかと思ったら、彼女は執念深い仕返しを企んでいた。同様に雑誌発表時のページ数が限られていたからなのか、エンディングが慌ただしいのがちょっと。「怪奇探偵 運命の足音」は現代の商業出版なら腰が引けて収録を絶対見合わせるだろう。ポリコレ・クレーマーはこのタイトルに〝怪奇〟という単語が付いているだけで「けしからん!」とカッカするんだろうな。汚れなき愛情が描かれているのに。

 

 

主人公の〝あたし〟は姉・波奈子と共に喫茶店を経営しており、彼女達は弟代わりになりそうな可愛らしい少年給仕の章二を雇っている。ある日、仮面のように表情の無い顔をした奇妙な人物が店にやってきた。その男は「紫夫人」の怖ろしき使者だったのだ。これは〝人攫い〟というものがありがちだった昭和前半の香りが漂うスリラー。 

妾の息子として生まれ育った伸夫少年。隣人の三千代は夫の不貞と冷たさに、鉛を飲むような毎日を送っている。そんな三千代は伸夫に自分の息苦しさを打ち明ける。「恐ろしき弱さ」というこの作品のタイトルはちょいと安直だったかも。                            

 

 

「幽霊の接吻」は幽霊話なのかイタズラなのか、微妙なオチをつけたハート・ウォーミングな読み物。「二つの遺書」はシリーズ・キャラクラーである広岡巡査はじめ警察の面々が温かさを見せるその分だけ余計に、交番に捨てられた幼児ミエ子の救われなさが際立ってくる。いや、探偵小説的な見所はそこじゃなくて轢死トリックなんだけども。最後の「あやかしの花」にも兇器隠蔽トリックが使われているが、この兇器は警察が現場を捜査に来たら、いくらなんでも見落としはしないだろ?と、ピュアな私は突っ込んでしまうのだった。

 

 

 

(銀) 小説そのものは面白かった。盛林堂の本じゃなかったら★5つにしたよ。

なんだろう、宮野村子にトリックは最初から期待していないけれども、彼女なりにトリックに取り組んでいる作品があると、そのトリック自体は独創性が高くなくても、やっぱりちょっと嬉しくなるね。地の文章がイキイキしているだけに。