江戸川乱歩/横溝正史/夢野久作以外で、一般的にはそれほど存在を知られていない日本探偵作家の単独著書が新刊として発売されるようになったのは、記事の中で度々語ってきたとおり、90年代に刊行された国書刊行会《探偵クラブ》シリーズ全15巻のおかげである。その後を引き継ぐように2003年スタートした論創社の《論創ミステリ叢書》はコンスタントに巻数を重ねてゆき、ありえないようなマイナー作家でさえも、書店のミステリ・コーナーに並ぶようになった。そうなると他の出版社もほっとかない筈がなく、真似をしてニッチな企画を通すようになり、一方では同人出版で本を作る人も現れてきたり、今世紀に入ってからというもの日本探偵小説に関する新刊書籍は毎年右肩上がりの実り多き状況が続いてきた。
だが物事にはすべからく衰退の時が訪れる。二十年も上向きの好況が続いてきたのだから、探偵小説の再発にもそろそろ冬の時代がやってくるのかもしれない。
《論創ミステリ叢書》も100巻を超え、横井司が叢書監修の立場を外れてからクオリティの低下を感じていたが、姉妹企画である《論創ミステリ・ライブラリ》の方針にも疑問はつのるばかりで、論創社にはすっかり信用が置けなくなっていた。その直後(2020年)コロナウィルスの急速なる蔓延で社会生活の在り様も一変、本の制作に携わる人達/出版社/印刷・製本業者もろとも少なからぬ煽りを受け、業務に支障を来したに違いない。何にせよ日本探偵小説の新刊数がガックリ減少したように感じられる大きな要因には、論創社が急に日本探偵小説の本を出さなくなった事が挙げられる。
日本探偵小説関連の書籍こそリリースしなくなったものの、論創社はミステリ以外のジャンルの本や《論創海外ミステリ》については何の滞りも無く刊行を続けている。論創社編集部の黒田明は『Critica』Vol.16の中で、日本探偵小説関連書籍が出ない理由として「図書館などの、文献を所蔵している施設の利用がコロナによって非常に制限されるようになったため」と述べていた。でも『西田政治探偵小説選』『乾信一郎探偵小説選』なんてパンデミックが起こる何年も前から「出す出す」って twitterで言ってたよな?コロナや図書館のせいにしているけれども、それならこれまで放言していた刊行予定書籍はどれも底本が全然揃っていなかったのかい?
肝心な業務に関わる面々がコロナに罹ってしまったのいうのならば同情もしよう。しかしいくら日本探偵小説の書籍制作だと(海外の翻訳物と違って)底本となる文献もしくはそのコピーを各種入手する必要があるとはいえ、図書館の利用制限ばかりが新刊を出せない理由にはならない。だって盛林堂書房も捕物出版(=大陸書館)も、彼らは商業出版社じゃないけれど、事前に「こういうのを出したい」と拡散してきたものは着実にリリースしている。彼らと違って論創社は刊行の目処も立ってないのに早々と「あれ出しますこれ出します」と煽り、結局入手できない文献があったりするもんだから、その都度行き詰っているのではないか?こういうのを〝無計画〟と呼ぶ。そんなんじゃローン組もうにも銀行は金貸してくれないぞ。
論創社みたいな無計画っぷりも問題だけど、私が買うような探偵小説本の制作者に限って、テキストを正確に入力できてなかったり、その上 校正という作業をなおざりにしているのは一体どういうつもりなのか?
1. いくらテキスト入力にミスをやらかそうとも買い手が何も言わぬおめでたい読者ばかりだから。読んでも間違いがある事すら気付けない、いやそれ以前に買って積んだまま少しも読んでいない人ばかりだから。
2. 作り手側は雑誌『幻影城』のリアルタイム世代が多く、衰えも著しい中高年になってしまって、視力・集中力・思考力、そのいずれも低下してボケているから。
こんなカンジだからかねえ。(これでも随分言葉を選んで発言している)
この二十年で再発すべきネタはだいぶ汲み取られたとはいえ、井戸が完全に涸れた訳じゃない。だが探偵小説のギョーカイは制作者側の高齢化が止まらず、人材難は解消せず、日本探偵小説の復刊本のリリースについては、2020年代もこれまでの二十年のように順調に進むなんて楽観視はしないほうがいいだろう。好況期はもう過ぎ去ってしまっているのだから。高齢化なのはユーザー側も一緒で、初版本書痴の老人が認知症になってしまい、今まで集めてきた古書をズタズタにしてしまったなんていう噂話も聞く。可哀そうにね。いや、人じゃなくて本が。
(銀) 読む価値のある新刊が出ないと寂しくはあるが、Blogのネタとしてはいいかげんな本を出されてその都度苦言を呈するよりは、古い本について書いているほうが精神的に良いのかも。本をライブラリーから出してきて頁をペラペラ捲り、以前読んだ内容を思い出す作業は面倒だけどさ。なにせ私の理解の外にある事が多すぎる探偵小説の世界。このBlogを書き続ける興味が失せる危うさのほうがネックだったりして。
上記に述べたような状態が続いているにもかかわらず、論創社は2022年に「論創ミステリ大賞」と冠した書下ろし長篇ミステリ小説を募集する企画をおっ始め、忙しい横井司を選考委員長にすると言っている。筋違いな愚かさもここに極まれり。