2021年9月8日水曜日

『女妖』江戸川乱歩/横溝正史

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九州日報
1930年6月16日~6月29日掲載


⑬ 「奔 馬」(1)~(12)



【注意!】現在、連続企画としてテキストの異同を中心としたこの長篇の検証を行っていますが一部のネタバレは避け難く、「覆面の佳人」(=「女妖」)の核心部分を知りたくないという方は、本日の記事はなるべくお読みにならない事をお勧め致します。

 

 

【この章のストーリー・ダイジェスト】

 

▲ 「奔 馬」(1)~(12

 

引き取った幼い小夏を連れて,、綾小路浪子は巴里の公園を散歩していた。浪子が知り合いと立ち話をしていた短い間、離れて一人で遊んでいた小夏のそばに、濃いヴェールで顔を包んだ婦人が現れ、小夏の母についてあれこれと訊ねるが、浪子の気配に気付き、そそくさと姿を消す。邸に帰ろうとお抱えの馬車に乗った浪子と小夏。それを待ち受けていたかのように、浮浪人風の男が飛び出してきて、馬の耳の中へ鉛の玉を投げ込んだため、狂ったように馬車は暴走したあげく大破。浪子は病院へ運び込まれた。

 

 

春日龍三の死後、綾小路邸へ戻っていた木澤由良子は知らせを聞き、病院へ急行。浪子はベッドで横になって安静にしており、動揺の跡こそ残っていたものの腰の強打だけで大事には至らず、今回の一連の事件の裏側に隠されたる秘密を由良子にポツリポツリ語り始める。

浪子と成瀬珊瑚子爵は結託していること・・・。
河内兵部の前代未聞の財産はいかなる理由で肥大化したかということ・・・。
春巣街事件の時、浪子はあの現場に居合わせていたこと・・・。
由良子と血が繋がっている春巣街の死美人/安藤婆さん/お利枝婆さんのこと・・・。

由良子は「自分の望みはただ母の仇を討つ事だけ」と咽び泣くのだった。


                        


以下は奔 馬」の章にて春陽文庫(上段)と『九州日報』(下段)のテキストが明らかに一致しない箇所を拾い出したもの。

 

 

A   他の人に見せびらかすために(春)  36212行目

   他の人達に見せびらかす爲に(九)

 

 

B   いままでについぞ聞いたことがない(春)  3639行目

   今迄につい、聞いたことがない  (九)

 

 

C   佇んでいるヴェールの婦人は    (春)  3664行目

   佇んでいる覆面(ふくめん)の婦人は(九)

   タイトルの「覆面の佳人」とは、この女の事を意味しているのか?

 

 

D   この間までお婆さんがいたんだけど(春)  3665行目

       此間までお婆様がゐたんだけど  (九)

   この後『九州日報』でも〝お婆さん〟と表記されている。

 

 

E   まあおかわいそうな。(春)  3667行目

   まアお可哀そうね。 (九)


                      


F       白鳥が二、三羽群れをなして         (春)  3682行目

   白鳥が二三羽宛(づつ、とルビあり)群をなして(九)

 

 

G   慌てて小夏の側を離れ、   (春)  3686行目

         周章て、小夏の側を離れると、(九)

     

 

H       はっとしたようになり(春)  3689行目

         ほつとしたやうになり(九)

 

 

I    浮浪人ふうの男がいきなり(春)   3695行目

       浮浪人ていの男がいきなり(九)

 

 

J    走りつづけることだろう (春)  36911行目

       走り續けることだらうて。(九)


                      

 

K   あたら自分の尊い生命を(春)  37013行目

     あたら尊い自分の生命を(九)

   

 

L       と言った。    (春)  3711行目

   と云ふ者があつた。(九)

 

 

M       綾小路浪子さんの家のお方ではありませんか(春)  3716行目

    綾小路さんのお方ではありませんか。   (九)

 

 

N   女はさも心急ぐように相手を促す (春)  372頁5行目

     女はさも心ぜきのやうに相手を促す(九)

 

 

O   めっきりとやつれ果て、青白い頬には(春)  37311行目

       めつきりと窶れはて蒼白んだ頬には (九)


                      

  

P   胸の前で腕を合わせて叫んだ (春)  3747行目

   胸の前で腕を組み合せて叫んだ(九)    

   

 

Q     かくいうあたしも小夏ちゃんも、たぶんあなたでさえ(春)  38113行目

         かくいふあたしも小夏ちやんも多分、あなたでさへも(九)

 

 

R   不意のこの打撃で(春)  3822行目

   不意にこの打撃に(九)

 

 

S   だれだってこんな途方もない話を(中略)でもね、(春)  3826行目

       誰だつてこんな氣違ひじみた話を(中略)でね、 (九)

 

 

T   浪子さん、しばらくそうしていて(春)  38212行目

   浪子さま、暫くさうしてゐて  (九) 

       『九州日報』の本章は〝浪子さん〟だったり〝浪子さま〟だったり、

  呼び方が一定になっていない。


                     



U  どんな関係があるのです? (春)  3849行目

    どんな關係があるのですの?(九)

   

 

V  うっとりと聞き惚れていた(春)  3873行目

    うつとりと聞きとれてゐた(九)

    ここはどっちも間違っていて〝聞き入っていた〟とでもすべきだろう。


 

W  あたしもないない、(春)  3906行目

   あたしも内々   (九)

   他のあらゆる箇所もそうだけど、何故この漢字を開く必要があるのかねぇ?

 

 

X   長く続こうはずもなく(春)  3913行目

     長く續かう筈なく  (九)

 

 

Y   いつの間にやら白根星子と変えて(春)  39111行目

   何時の間にやら山根星子と變へて(九)

   この回(11)の終わりのほうの由良子のセリフでも〝山根〟になっている。

 

 

Z   あたしの母だつたのです   (春)  3943行目

   あたしのお母さまだつたのです(九)


                        


馬の耳の中に異物を放り込んで暴走させたり、
脇役の名前に○公とネーミングしたり(本作でいえば千家篤麿の召使いの黒人/安公)、
ひとつのエピソードが白熱してきたところで毎回読者を焦らすかの如く場面を他のエピソードへ転換するやり方だったり、これらはどれもその後の由利・三津木シリーズ(ジュブナイル含む)長篇で使われるネタでありパターンでもある。



綾小路浪子はどういう事情で春巣街の事件に関わっているのかずっと伏せられていたが、この章の、木澤由良子に内情を語って聞かせる場面において一応の説明はなされた。簡単に言うと、次のクリスマスが来たらフランス政府から河内兵部に最も近い血族の子孫に対し、彼の遺した途方もない財産が返還されるという影の密約を浪子は前もって掴んでいて、その莫大なる富を独り占めしようとする者がきっと現れるであろうと睨んでいた、というのだ。



牛松とは浪子のところで昔働いていた頃からずっと主従関係が続いているので、やり手の浪子は春巣街の死美人/安藤婆さん/お利枝婆さん周辺の話を牛松から聞いていたのかもしれないけれども、白根辯造がゆすりのネタにしていた春日龍三と死美人の結婚~離婚、そして再婚の野望までも牛松は姉の死美人から聞き出し、それを浪子に逐一伝えていたのだろうか?浪子があまりにいろんな情報を知っているものだから「え? それって辻褄合ってんの?」と、つい私は疑いの目を浪子、いや作者の横溝正史に向けてしまいそうになる。




さて、ついに浪子の命までも狙ってきたヴェールの女。 残すはあと四章。




(銀) 大正末期、白井喬二の提唱で〝大衆文学〟同人親睦会「二十一日会」が立ち上げられ、探偵小説サイドからはまず小酒井不木と江戸川乱歩が参加。それと同時に機関誌『大衆文藝』も発刊する運びとなり、その編集実務専任者として平山蘆江の手引きでスカウトされてきたのが、雑誌『人情倶楽部』編集長の池内祥三だった。江戸川乱歩/横溝正史と池内祥三のコネクションはこのようにして出来上がってゆく。


                     


池内祥三なる人物について何かもっと情報はないかと手持ちの本やネットで調べてみたものの、これが意外と無くて参った。前歴の『人情倶楽部』に関しては大村彦次郎『時代小説盛衰史』に言及があったのだが、のちに池内が探偵作家の連載小説を各新聞社へ売り込むエージェント的な仕事を始める件に関しては、的を射た資料の存在が思い当たらないのだ。

池内は探偵小説界の人ではないから探偵小説関係の辞典には名前が載っていない。おそらく大衆文学系の研究書なら、どこかに載っているのかもしれないが・・・。しょうがないので『横溝正史研究3』の「横溝正史年譜事典 第3回 一九二八~一九三二)に覆面の佳人】に関する項があり、それを眺めてみよう。筆者は浜田知明。



まず最初に、〝『大衆文藝』の編集をしていた池内祥三が企画した地方紙への連載小説配信の一環で、複数の新聞に持ち回りで掲載することで、合計額がその作家の原稿料の水準に達するという商法だった。〟と、ある。なるほど地方紙は中央の大手新聞ほど高い原稿料をなかなか払えないものだから、同じ作品をいくつかの地方紙に載せる事でどうにかバランスを取る、というシステムらしい。この部分の根拠となりうる出典は何か、それをこそ私は知りたかったのだが、これも雑誌『幻影城』の岡戸武平「博文館の侍たち」からの引用?


                     


次に、当初本作はA・K・グリーン翻案だと云っていたが出来上がったものは黒岩涙香「死美人」と三津木春影「古城の秘密」を部分的に流用したオリジナル作品になった、と浜田は述べている。さらに「覆面の佳人」の犯人設定はA・K・グリーンのエッセイ「人は何故犯罪に興味を有つか」における自作「暗い穴」のものと同一ともいうが、このエッセイが載っている『新青年』の大正十一年夏季特別増刊号が私の手元になくて、言ってる意味がいまいちわかりにくい。グリーン女史のエッセイの中で彼女の作品「暗い穴」について触れている、という事か?



ともかく、正史がその「暗い穴」という作品の原書を入手する前に「覆面の佳人」を見切り発車させてしまい、原書の入手後に改めて本作の筋を(翻案らしく)軌道修正するつもりでいたら、結局のところ原書を入手できなかったのでは・・・というのが浜田の推測だった。
あと、書いておきたい事がもう一点ある。本作は1929(昭4)年5月にまず『北海タイムス』で連載され、二度目の新聞は『満洲日報』に1930(昭5)年1月28日に連載開始、『九州日報』はその次という事になる。(『満洲日報』連載については『名張人外境』2006年2月14日人外境主人伝言録に記述あり)



ところが浜田によれば茨城ローカルの新聞『いはらき』にも本作は掲載されていたそうで、その際タイトルは「幽霊別荘」に改題されたそうな。ここに第四の掲載紙が出てきた訳だが、残念ながら『いはらき』での連載開始日が明記されていない。こういうところにユーザーの利便をよく考えている中相作とそうでない浜田知明との違いが如実に現れている。



⑭へつづく。