⑬ 「奔 馬」(1)~(12)
【注意!】現在、連続企画としてテキストの異同を中心としたこの長篇の検証を行っていますが一部のネタバレは避け難く、「覆面の佳人」(=「女妖」)の核心部分を知りたくないという方は、本日の記事はなるべくお読みにならない事をお勧め致します。
【この章のストーリー・ダイジェスト】
▲ 「奔 馬」(1)~(12)
引き取った幼い小夏を連れて,、綾小路浪子は巴里の公園を散歩していた。浪子が知り合いと立ち話をしていた短い間、離れて一人で遊んでいた小夏のそばに、濃いヴェールで顔を包んだ婦人が現れ、小夏の母についてあれこれと訊ねるが、浪子の気配に気付き、そそくさと姿を消す。邸に帰ろうとお抱えの馬車に乗った浪子と小夏。それを待ち受けていたかのように、浮浪人風の男が飛び出してきて、馬の耳の中へ鉛の玉を投げ込んだため、狂ったように馬車は暴走したあげく大破。浪子は病院へ運び込まれた。
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以下は「奔 馬」の章にて春陽文庫(上段)と『九州日報』(下段)のテキストが明らかに一致しない箇所を拾い出したもの。
A 他の人に見せびらかすために(春) 362頁12行目
他の人達に見せびらかす爲に(九)
B いままでについぞ聞いたことがない(春) 363頁9行目
今迄につい、聞いたことがない (九)
C 佇んでいるヴェールの婦人は (春) 366頁4行目
佇んでいる覆面(ふくめん)の婦人は(九)
タイトルの「覆面の佳人」とは、この女の事を意味しているのか?
D この間までお婆さんがいたんだけど(春) 366頁5行目
此間までお婆様がゐたんだけど (九)
この後『九州日報』でも〝お婆さん〟と表記されている。
E まあおかわいそうな。(春) 366頁7行目
まアお可哀そうね。 (九)
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F 白鳥が二、三羽群れをなして (春) 368頁 2行目
白鳥が二三羽宛(づつ、とルビあり)群をなして(九)
G 慌てて小夏の側を離れ、 (春) 368頁6行目
周章て、小夏の側を離れると、(九)
H はっとしたようになり(春) 368頁9行目
ほつとしたやうになり(九)
I 浮浪人ふうの男がいきなり(春) 369頁 5行目
浮浪人ていの男がいきなり(九)
J 走りつづけることだろう (春) 369頁11行目
走り續けることだらうて。(九)
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K あたら自分の尊い生命を(春) 370頁13行目
あたら尊い自分の生命を(九)
L と言った。 (春) 371頁1行目
と云ふ者があつた。(九)
M 綾小路浪子さんの家のお方ではありませんか(春) 371頁6行目
綾小路さんのお方ではありませんか。 (九)
N 女はさも心急ぐように相手を促す (春) 372頁5行目
女はさも心ぜきのやうに相手を促す(九)
O めっきりとやつれ果て、青白い頬には(春) 373頁11行目
めつきりと窶れはて蒼白んだ頬には (九)
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P 胸の前で腕を合わせて叫んだ (春) 374頁7行目
胸の前で腕を組み合せて叫んだ(九)
Q かくいうあたしも小夏ちゃんも、たぶんあなたでさえ(春) 381頁13行目
かくいふあたしも小夏ちやんも多分、あなたでさへも(九)
R 不意のこの打撃で(春) 382頁2行目
不意にこの打撃に(九)
S だれだってこんな途方もない話を(中略)でもね、(春) 382頁6行目
誰だつてこんな氣違ひじみた話を(中略)でね、 (九)
T 浪子さん、しばらくそうしていて(春) 382頁12行目
浪子さま、暫くさうしてゐて (九)
『九州日報』の本章は〝浪子さん〟だったり〝浪子さま〟だったり、
呼び方が一定になっていない。
U どんな関係があるのです? (春) 384頁9行目
どんな關係があるのですの?(九)
V うっとりと聞き惚れていた(春) 387頁3行目
うつとりと聞きとれてゐた(九)
ここはどっちも間違っていて〝聞き入っていた〟とでもすべきだろう。
W あたしもないない、(春) 390頁6行目
あたしも内々 (九)
他のあらゆる箇所もそうだけど、何故この漢字を開く必要があるのかねぇ?
X 長く続こうはずもなく(春) 391頁3行目
長く續かう筈なく (九)
Y いつの間にやら白根星子と変えて(春) 391頁11行目
何時の間にやら山根星子と變へて(九)
この回(11)の終わりのほうの由良子のセリフでも〝山根〟になっている。
Z あたしの母だつたのです (春) 394頁3行目
あたしのお母さまだつたのです(九)
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綾小路浪子はどういう事情で春巣街の事件に関わっているのかずっと伏せられていたが、この章の、木澤由良子に内情を語って聞かせる場面において一応の説明はなされた。簡単に言うと、次のクリスマスが来たらフランス政府から河内兵部に最も近い血族の子孫に対し、彼の遺した途方もない財産が返還されるという影の密約を浪子は前もって掴んでいて、その莫大なる富を独り占めしようとする者がきっと現れるであろうと睨んでいた、というのだ。
牛松とは浪子のところで昔働いていた頃からずっと主従関係が続いているので、やり手の浪子は春巣街の死美人/安藤婆さん/お利枝婆さん周辺の話を牛松から聞いていたのかもしれないけれども、白根辯造がゆすりのネタにしていた春日龍三と死美人の結婚~離婚、そして再婚の野望までも牛松は姉の死美人から聞き出し、それを浪子に逐一伝えていたのだろうか?浪子があまりにいろんな情報を知っているものだから「え? それって辻褄合ってんの?」と、つい私は疑いの目を浪子、いや作者の横溝正史に向けてしまいそうになる。
さて、ついに浪子の命までも狙ってきたヴェールの女。 残すはあと四章。
(銀) 大正末期、白井喬二の提唱で〝大衆文学〟同人親睦会「二十一日会」が立ち上げられ、探偵小説サイドからはまず小酒井不木と江戸川乱歩が参加。それと同時に機関誌『大衆文藝』も発刊する運びとなり、その編集実務専任者として平山蘆江の手引きでスカウトされてきたのが、雑誌『人情倶楽部』編集長の池内祥三だった。江戸川乱歩/横溝正史と池内祥三のコネクションはこのようにして出来上がってゆく。
次に、当初本作はA・K・グリーン翻案だと云っていたが出来上がったものは黒岩涙香「死美人」と三津木春影「古城の秘密」を部分的に流用したオリジナル作品になった、と浜田は述べている。さらに「覆面の佳人」の犯人設定はA・K・グリーンのエッセイ「人は何故犯罪に興味を有つか」における自作「暗い穴」のものと同一だともいうが、このエッセイが載っている『新青年』の大正十一年夏季特別増刊号が私の手元になくて、言ってる意味がいまいちわかりにくい。グリーン女史のエッセイの中で彼女の作品「暗い穴」について触れている、という事か?
ところが浜田によれば茨城ローカルの新聞『いはらき』にも本作は掲載されていたそうで、その際タイトルは「幽霊別荘」に改題されたそうな。ここに第四の掲載紙が出てきた訳だが、残念ながら『いはらき』での連載開始日が明記されていない。こういうところにユーザーの利便をよく考えている中相作とそうでない浜田知明との違いが如実に現れている。