⑰ 「剥がれた假面」(1)~(10/最終回)
【注意!】現在、連続企画としてテキストの異同を中心としたこの長篇の検証を行っていますが一部のネタバレは避け難く、「覆面の佳人」(=「女妖」)の核心部分を知りたくないという方は、本日の記事はなるべくお読みにならない事をお勧め致します。
【この章のストーリー・ダイジェスト】
▲ 「剥がれた假面」(1)~(10)
➷
以下は「剥がれた假面」の章にて春陽文庫(上段)と『九州日報』(下段)のテキストが明らかに一致しない箇所を拾い出したもの。
A 黄昏の色が深く濃く (春) 481頁4行目
黄昏の色が、深く濃ゆく(九)
B まったく度外れて不調和な立派なもの(春) 481頁10行目
全く度外れて不調和に立派なもの (九)
C 横になっているなどという暢気な光景ではない。 (春) 482頁1行目
横になつてゐるなどといふ暢氣な光景ではないのだ。(九)
D まるで狂ったような、物凄い輝きがめらめらと (春) 482頁8行目
まるで氣違ひのやうな、物凄い輝きがヂロヂロと(九)
E 千家篤麿は自棄にぐいと酒を呷った。(春) 482頁14行目
千家篤麿はやけにぐいと酒を呷つた。(九)
〝やけに〟→〝自棄に〟と受け取っていいのか微妙。
●
F わたくしはもう死にそうです。(春) 484頁 12行目
あたしはもう死にさうだ。 (九)
上品で育ちの良い花子は〝死にさうだ〟なんて言わなそうだけど、
このまま採用するほうがいいのか、書き換えるほうがいいのか微妙。
G 花子の絶望が合図ででもあったかのように (春) 485頁15行目
花子の絶望の聲がそれの合圖ででもあつたかのやうに(九)
H 篤麿はさも残忍な微笑を洩らすのであった。 (春) 486頁5行目
篤麿はギロリとさも殘忍な微笑を漏らすのであつた。(九)
I 片っ端から撃ち殺してやろうというように身構えた。(春) 488頁 2行目
片つ端から撃殺してやらうと言ふやうに身構へした。(九)
J そう言うと、彼はピストルを左に持ち替え (春) 489頁17行目
さう言うと彼は、ピストルを左の手に持ち換え(九)
●
K 花子はもはや、辺りを構う心の余裕さえなかった。(春) 491頁7行目
花子は最早あたりを構ふ心の餘裕もなかつた。 (九)
L 勇気ある方はついてきてくださいよ(春) 492頁13行目
勇氣のある方はついて来て下さいよ(九)
M 二、三の警官がその後ろから入っていった(中略)
それに、いつ千家篤麿が逃げ帰ってくるかもしれないというので(春) 493頁6行目
二三の刑事がその後から入つて行つた(中略)
それに何時千家篤麿が逃げて歸つて来るかも知れぬといふので (九)
N 定まらぬ足取りでこちらへ近づいてくる (春) 493頁17行目
定まらぬ足どりで、此處(ここ)へ近づいて来る(九)
O 近づきつつあることを示していた。(春) 494頁5行目
近づきつゝあることを示してゐる。(九)
●
P ひと塊の人びとの前を、何も気づかぬように (春) 494頁11行目
一かたまりの人々の前をも、何も氣づかぬげに(九)
Q 蒼白な顔にはばらばらと頭髪が乱れ(春) 495頁10行目
蒼白な頭にはバラバラと頭髪が亂れ(九)
あの横溝正史が〝頭にはバラバラと頭髪が亂れ〟などという、
素人みたいな文章を書くものだろうか?
R ぼくは一人ではありませんよ(春) 496頁1行目
僕一人ではありませんよ (九)
春陽文庫が〝ぼく〟の後に〝は〟を付ける意味がわからん。
S おれもあいつのために酷い目に遭わされて(春) 496頁7行目
俺もあいつの為にはひどい目に遭はされて(九)
T 充分枝道に気をつけてきたのですが・・・(春) 496頁12行目
充分枝道を氣をつけて来たのですが・・・(九)
●
U まだまだ人の知らない抜け道が(春) 497頁9行目
まだまだ人の知らぬ抜道が (九)
V 千家篤麿はもはや逃げたり隠れたりは決していたしませんわ(春) 499頁5行目
千家篤麿は最早逃げたり隠れたり決して致しませんわ (九)
W いや、彼も口が利けない。 (春) 501頁2行目
いや、彼も口がきけないのだ。(九)
この後『九州日報』では〝意外な言葉であるためであらうか。〟の次に、
〝それとも、浪子の言葉が眞實であるためだろうか。〟と続くのだが、
この一行を春陽文庫は抜かしてしまっている。
X あの人に何が言えますものか。(春) 501頁8行目
あの人は何が言へますものか。(九)
Y 人びとはどよめきながら (春) 502頁1行目
人々はざわざわとどよめきながら(九)
●
Z1 浪子はその結果いかにとばかり (春) 505頁1行目
浪子はその結果を如何にとばかり(九)
Z2 やがてそれが蝗(いなご、とルビあり)のように (春) 505頁8行目
やがて、それが蝗(ばつた、とルビあり)のやうに(九)
〝バッタ〟を漢字で書くと〝飛蝗〟。
Z3 言うまでもなく成瀬子爵と春日花子 (春) 506頁7行目
言ふ迄もなくそれは成瀬子爵と春日花子(九)
Z4 いっそう彼ら二人を疲れさせたのだった。(春) 506頁10行目
一層彼等二人をつからせたのだつた。 (九)
Z5 いや子爵ばかりではなかった。(春) 507頁12行目
いや子爵ばかりではない。 (九)
本来なら〝子爵〟ではなく〝蛭田〟とするべきところを間違えてしまったため、
その後に続く文章とは意味が通じなくなってしまった。
➷
当時の連載媒体である『九州日報』も、初めて本作を書籍化した春陽文庫も、最終章に至るまでテキストが安定して一致する事はなく、全ての章ごとにおこなってきたテキスト比較も A~Zの26項目に収まるよう削ぎ落せる異同は削ぎ落してきたつもりだったが、ラストとなる今回の記事では4項目も超過してしまった。