❂ 相変わらずコロナの沈静化にはまだまだ遠そうな毎日が続いているし、新しく企画展を開催したところで従来のような集客は難しそうだから、各地の文学館も慎重にならざるをえないんだろうなあと思っていたら意外にそうでもないのか、山梨県立文学館は令和3年9月18日から企画展『ミステリーの系譜』をスタートさせた。同年11月21日までの予定。
展示内容は江戸川乱歩/横溝正史/木々高太郎を中心とする日本探偵小説の総論的な構成。わけても木々高太郎は地元山梨出身の探偵作家だし、甲府には竹中英太郎記念館もあるので、英太郎挿絵原画も多数展示されている。ついこの前まで神奈川近代文学館の『永遠に「新青年」なるもの』展にも英太郎の原画は貸し出されていたし、各方面からの協力依頼が多くて、英太郎記念館は竹中家の個人経営ながら大忙しだ。
❂ 企画展の図録、といったらやっぱり華やかな図版が見どころ。今回の図録では探偵作家の書簡や生原稿が目立つ。旧いものでは(探偵作家ではないが)芥川龍之介が大正期、ポオについて講演を行った時に使用したメモがあったり、木々高太郎宛へ送られた甲賀三郎/海野十三/小栗虫太郎/夢野久作/大下宇陀児/松本清張らの書簡が並んでいて。乱歩・正史以外の作家の書き文字というのは普段あまり目にする機会がないので、おのおのの書き文字の個性が楽しめる。
自分的には、晩年の竹中英太郎が創元推理文庫『日本探偵小説全集〈1〉黒岩涙香 小酒井不木 甲賀三郎集』へ寄稿したエッセイ【横溝さんと「陰獣」】の生原稿に興味を引かれた。英太郎の原画は各種何度も見させてもらう機会があったが、ペン書きの文字というのは珍しい。こういう字を書いたんだなア。湯村の英太郎記念館を訪れた時この原稿は飾ってなかった記憶があって、今回よく見るとキャプションには個人蔵と記されていた。英太郎記念館の所蔵じゃなくて残念。
❂ 山梨は文学館も県立図書館も対応は親切だし、前者は甲府駅から離れているのが難点だが、行ける方は生の展示物をぜひ見てほしい。どうしても行けないという方は、今回紹介した図録を通販で購入する事ができる。「数が限定だから図録は来場者にしか売らない」だとか、さいたま文学館のようなイジワルな事を山梨の人は言わないから積極的に利用されたし。
(銀) 山梨の場合、木々高太郎と竹中英太郎の組み合わせで企画展をやりたいのかもしれないけれど、皮肉にも木々が世に出てくるのと入れ違いに英太郎は挿絵の仕事からフェイド・アウトしていったから、木々の小説に英太郎が挿絵を提供する機会は無かったんじゃなかったっけ。
そんな山梨ゆかりの二人が戦後になってニアミスした事がある(ニアミスって程でもないか)。昭和27年に山梨県内で『講和記念 山梨を動かす百人集』という本が刊行され、山梨の名士達100人が一筆寄稿しているのだが、そこに木々と英太郎の文章が顔写真入りで載っているのだ。木々の肩書は【慶大教授 医博】、英太郎の肩書は【山梨県労働組合民主化同盟 幹事長】と されていて、英太郎はもう中央の画壇で筆を取らなくなっていたからまだ理解できるけれど、木々の肩書は作家じゃダメだったんかい?
「視野を世界的に」という題で、木々は甲府時代の想い出→甲州人の性質→敗戦国日本における甲州人のあり方を述べている。編集者の書く紹介文が作家としての木々をごく簡単にフォロー。一方の英太郎も当然だが画家的なコメントは一切無く社会運動についてだけしか語っていない。編集者の紹介文も画家としての栄光については、英太郎本人の指示なのかスルーされている。