2021年8月31日火曜日

『死の黙劇』山沢晴雄

NEW !

創元推理文庫 山沢晴雄セレクション 戸田和光(編)
2021年7月発売



★★★★   そこまで極端に無機質なパズラー小説ではない





巻末解説には〝大前提となるのは、書きたいのは本格推理であり、小説ではない〟と説明されているため、この作家がどんな芸風か知らずに書店で本書を手に取り、解説部分をチラ見して、「え~、そんなんだったら読んでも手に負えないんじゃ・・・」と敬遠する人もいるだろう。

編者の戸田和光は作者の良い点も悪い点も包み隠さず正直に紹介している。山沢晴雄のような超マイナーで、クセの強過ぎる作家を文庫で出す場合には、解説ページでいたずらに持ち上げたり書誌データばかり並べ立てるより、そのほうがずっと好ましい。



本格を追求するあまり、難解で読みにくい。そんなイメージを持たれている山沢、初の文庫。
ここに収められた作品を読む限り、これはあくまで私個人の感想だけど、
天城一よりは小説の形になっていて楽しめた。
読んでいて一寸わかりにくいところがあっても、
その直前部分からゆっくり何度か読み返せば、
眠くなったり放り出したくなる程の難しさでは全然ないから安心して頂きたい。



本格の驍将・鮎川哲也なんかだと、
彼自身女性に縁遠そう、といったら言い過ぎかもしれないが、
読んでいて女性の扱いがいかにもニガテなのが透けてみえるし、作品に色気が欠けている。
でも不思議と、この本の登場人物たちから、そこまでのフラストレーションは受けなかった。
シチュエーションが非常に現実的だから、プロットにロマンや潤いを求めるのは無理だけどね。

 

 

次の五作は、もともと1950年代前半に発表されたもの。 



「砧最初の事件」86年アンソロジー『無人踏切』収録時の改稿ヴァージョン)

「死の黙劇」92年アンソロジー『パズルの王国』収録時の改稿ヴァージョン)

「銀知恵の輪」00年同人誌『別冊シャレードVol.56』収録時の改稿ヴァージョン)


 

「ふしぎな死体」01年同人誌『別冊シャレードVol.62』収録時の改稿ヴァージョン)

「ロッカーの中の美人」(スポーツ新聞に掲載した問題編/解決篇の犯人当て小説)


 

本格クレイジーな一部の人達は気にも留めない要素だろうが、
私は探偵小説を読む際、その作品の時代背景も重要視していて、
日本の探偵小説だったら、高度成長期以後の社会には何の興味も無い。
そんなんだから、ついつい初出ヴァージョンのほうを求めてしまいがちだけれども、
改稿ヴァージョンでは時代の変化に対応すべく表記を変えているのかどうか分らないが、
読み手が謎のロジックを理解しやすいよう手直ししているのは間違いない。



この文庫の中で、どの作品だったか、つい失念してしまったが、
文中に衛星放送/携帯電話という(私にとって好ましからぬ)単語が使われていた以外は、幸いにして時代色の違いは感じさせないので、私を含む多くの読者にとって、改稿ヴァージョンから入っていくのは正解なのだろう。
ここから下は90年代以降に書かれた作品。


 

「金知恵の輪」   (アンソロジー『本格推理 』が底本)

「見えない時間」(アンソロジー『本格推理 14 』が底本)

「密室の夜」      (アンソロジー『密室探求 第二集』が底本)

「京都発〝あさしお7号〟」

(アンソロジー『鮎川哲也と13の殺人列車』収録時の短縮ヴァージョン)




(銀) やっぱり私立探偵・砧順之介が出て来る作品が良かった。
それと相棒の須潟賛四郎警部がアホな脇役じゃなくて、考える頭脳を持たされているのもGood。意外と面白かったし、以前なら迷わず満点にしていただろうが、あとになってガッカリさせられる事が最近この業界何かと多いので、慎重に★4つ。             



前にも書いたけれど、昭和前期の日本探偵小説を復刊させるべく新刊本が次々出たとしても、
同じ編者/同じ出版社ばかりが独占していたら、全然競争が起こらなくなり、
今みたいに〝ぬるま湯〟というか、素人レベルの本作りが横行してしまう。



戸田和光はミステリ書誌マニアな人で、これまでも自主出版で島久平の単行本未収録作品を多数刊行してきた実績を持つ。今回創元推理文庫の編者として起用されるとは意外だったが、本人にやる気があるのなら、商業出版でもマニアックな日本探偵小説新刊本の編纂を今後どんどんやってもらいたい。今日の「女妖」はお休み。