2021年8月29日日曜日

『女妖』江戸川乱歩/横溝正史

NEW !

九州日報
1930年5月26日~6月2日掲載



⑪ 「打續く惨劇」(1)~(7)




【注意!】現在、連続企画としてテキストの異同を中心としたこの長篇の検証を行っていますが一部のネタバレは避け難く、「覆面の佳人」(=「女妖」)の核心部分を知りたくないという方は、本日の記事はなるべくお読みにならない事をお勧め致します。

 

 

【この章のストーリー・ダイジェスト】

 

▲ 「打續く惨劇」1)~(7

 

木澤由良子が春日邸に預けられた翌朝、今度は春日龍三が寝室のベッドの上で心臓を抉られて死んでいた。邸内の者に事情聴取が行われ蛭田紫影検事が血の付いた片方の皮手袋を示し、これに見覚えがないか執事に訊ねたところ、「それは成瀬珊瑚子爵のものだ」という証言を得る。さらに蛭田は「前日に春日邸を訪れた千家篤麿という人物が成瀬子爵の変装姿ではなかったか」と重ねて執事に質問を投げかける。

 

 

続いて由良子の聞き取り。彼女は、
「春巣街の死美人を陳列所で見て自分の母だと認識したけれど、両親の名前を知らずに生きてきたため、警察が明らかにできずにいる死美人の身元を届け出る事が出来ぬまま今日に至り、昨夜は龍三氏の部屋の窓から誰かが飛び下りるのを偶然見てしまった」と語る。そこへ刑事の一人が「SNの頭文字が入った金色のカフスボタンを邸の庭で見つけた」と報告。SN・・・又してもそれは成瀬珊瑚のイニシャル。

 

                        

 

以下は打續く惨劇」の章にて春陽文庫(上段)と『九州日報』(下段)のテキストが明らかに一致しない箇所を拾い出したもの。

 

 

A   扉をノックするとすぐに            (春)  306頁9行目

   扉を叩(ノック、とルビあり)すると直(すぐ)に(九)

  

 

B     おい、みんな来てくれ        (春)  308頁2行目

        オイ、皆(みな、とルビあり)来てくれ(九)

 

 

C   床に上に落ちた。(春)  309頁1行目

   床の上におちた。(九)

   

 

D   赤黒い血の塊が  (春)  309頁4行目

   赤黒い血の固まりが(九)

 

 

E   関連があるとすれば(春)  310頁6行目

   関聯があるとすれば(九)

 

                      

 

 

F       あまりにもめまぐるしい(春)  310頁8行目

     あまり目ま苦しい   (九)


 

 

G   警察の人びとばかり。みな一様にじっと(春)  312頁13行目

       警察の人々ばかり皆一様に、凝つと  (九)

     

 

H   ひどくびっくりなされたご模様で          (春)  314頁16行目

     ひどく吃驚(びっくり、とルビあり)なされた御模様で(九)

 

 

I    木沢由良子でございます。(春)   317頁10行目

         澤木由良子でございます。(九)

 

 

J    暗い顔をしてそっぽを向いた(春)  3182行目

       暗い顔をして外方を向いた (九)


                        

   

 

K    ええ、それは存じておりました(春)  3199行目

    ゑゑ、それは存知て居りました(九)

   

 

L   判事は訝しげに眉をひそめた           (春)  31914行目

   判事は審(いぶか、とルビあり)しげに眉をひそめた(九)



M  あなたはいままでどこにいられたのですか(春)  3212行目

        あなたは今迄何處にゐられたのですか  (九)

        底本どおり〝いられて〟としていて大変結構なのだが

        こういう箇所こそ〝おられたのですか〟へ書き換えるべきではなかったか。

 

 

N   由良子はようやく涙を干しながら (春)  3226行目

       由良子は漸く涙を干(ほし)ながら(九)

  

 

O     春日さまのご寝室の窓と思しい所から     (春)  3233行目

         春日様の御寝室の窓と覺(おぼ)しいところから(九)


                        


本章(5)によれば、春巣街の殺人事件が起きてから二か月が過ぎているらしい。
その二か月という作中の時間には矛盾が無いのか確かめたいところなんだが、今週はBlogに時間を割いていられるだけの余裕が無かった。



春巣街の死美人は舞台の場に戻りたいから春日家を出たというけれど、物心もつかぬうちに娘の由良子を手放してしまうぐらいなら、どうして春日家に由良子を置いてこなかったのか不思議だ。その方が自分も好き放題できるし、由良子も片親とはいえ孤児にならずにすんだのに。そんな不幸な木澤由良子だが、お暇な方は以前の章③⑥あたりの描写をもう一度読んでみると、微妙な彼女の変化に気付いて面白いと思う。



もし本作が本格長篇だったら「ここでレッドヘリング噛ましてるな」と突っ込める章なのだが、全然本格でもないし、作者の書き方にしても一般読者を意識してわかりやすくしすぎてるから、あまりレッドヘリングの意味は成してないかも。多少なりともミステリ風味を持たせた日本の連続ドラマでも、最終回の直前には真犯人ではない登場人物に視聴者の目を向けさせて大詰めで騙す、みたいなことをよくやっている。詳しくは書かないけど本作の場合、もっとしっかり大団円まで謎は丁寧に隠しておかなくちゃ




(銀) この章を『北海タイムス』に連載している時期の横溝正史の創作状況を見ると、
7月に短篇「喘ぎ泣く死美人」、8~11月には中篇「ルパン大盗伝」といった作品を博文館の『講談雑誌』に書いてはいるが、作家としてはいわば仮免状態の最終段階だろうか。




本章は春日龍三まで死なせてしまったわりに低調気味というか、いまだクライマックスへなだれ込む気配も見せず、総じて〝繋ぎの章〟みたいな感じがするし、(1)~(7)、つまり七回しかない上、テキスト比較の部分でも奇天烈な異同が無かった。それから本日upした挿絵は、由良子が前夜目撃した龍三氏の部屋の窓から出てくる曲者の図だ。         



⑫へつづく。