2021年6月7日月曜日

『狩久全集/第四巻/墜ちる』狩久

NEW !

皆進社
2013年2月発売



★★★★★    The Crime Of Sex



前回(202159日の記事を見よ)取り上げた第二巻での陶酔感の強い性愛作品に比べると、この巻でもセックス・マターはキープされつつ導入部分のとっかかりに利用される事が多くなりダークな犯罪心理のほうが頭を擡げてきた。そして読めば誰でもわかるから手取り足取り説明はしないけれど、江戸川乱歩作品のDNAがあちこちに散らばっている。                           なにげに乱歩チルドレンであるのが丸出し状態。

 

                     


作品を眺める前に、本巻は狩久と近しい関係にあった立石敏雄のインタビューを収録していて、その中にすごく感銘を受ける箇所があったので、そこから触れていきたい。

 

 

なんでも立石は当初「狩久作品における女性の喋り方は(発表された昭和30年代の頃の)現実と乖離してるのでは?」と気になっていたらしい。しかし〝大正から昭和八年頃までの東京には、きわめて文化的に高度な中産階級/西欧化したおしゃれな都市生活が確かにあって、     狩久は中学生くらいの年齢だったにせよ、その良き時代が頭に焼き付いたまま独特の世界観が 頭の中に出来上がっている〟という真相に辿り着き、それゆえ狩久作品の女性達は皆ああいう 喋り方をしているのだ、と後になって気が付いたという。戦後の日本には「昭和八年に帰ろう」という運動があったそうだが、さもありなん。戦後の女性でありながら、狩久の描く女性達ってアプレやパンパンとは全然佇まいが違っているもんな。本全集を読んでいて、登場してくる女性 キャラを「戦前っぽいな」と感じた事は私は一度も無かったけれど、良い話だね、これは。

 


                    



「女の身体を探せ」「蜘蛛」

前者は貝弓子(訳)クレジットで海外作品翻訳のふりをしたハードボイルド・タッチの創作。                     外人女性よりやっぱり日本女性を扱ったほうが潤いがあっていい。                    後者も貝弓子名義の掌編で珍しく穏やかな結末。

「すとりっぷ・すとおりい」

いつもの濃厚なエロス・・・と思わせといて〝らしくない〟オチには苦笑。



 

「女は金で飼え!」

一職工から財産を築き、美しい妻も得た男は事故で不具の身に。彼よりも彼の財産を愛している妻に対して、男はある異常な行動に出る。狩久が手応えを感じていた作品だが、編集部によって変更させられたこのタイトルはセンスが悪く内容にもフィットしていない。

 

「暗い寝台」

第二巻にも、というか狩久によく見られる、夜やってくる賊に女が襲われるパターン。

 

「鸚鵡は見ていた」

カッチリした本格ではないけれど、なかなかトリッキーに出来上がっている。                 探偵役が謎を暴き立てるような締め括り方を選択しないのがこの作家の特徴とも言える。

 

「墜ちる」「ぬうど・ふぃるむ物語」「墜ちた薔薇」

テレビなど映像業界でも活躍していた狩久。この辺はそっち方面の要素を活かした作品。   川野京輔のように、自作を業界もの一色にしてしまわなくて正解だった。                         全部が全部テレビ業界ミステリだと、さすがに読む側も飽きてしまいそうで。


 

 

「暗い部屋の中で」

官能よりもリドル・ストーリーな演出に重きを置く。

「たんぽぽ物語」

探偵小説マニアの学生たちの一人として瀬折研吉登場。風呂出亜久子がいないとつまらない。  ユーモア・ミステリ扱いされているけれどユルユルになり過ぎていない点はまだよろしい。          でも、〝おめかし・ジョオ〟というネーミングは無いわ。

「石」

第二巻に入っていた作品の改稿版。                                   胸を病み性的なものを嫌悪している夏子は赤の他人の逢引通信方法を知ってしまう。

「覗かれた犯罪」

江戸川乱歩の某作品に、隣接している背中合わせの二軒の家なのにそれぞれ全く町名が異なる事で実際よりも遠く感じさせる、というトリックがある。この物語にもその趣向がある訳だけど、この手の錯覚はすべてにおいて情報量が少ない時代だったから成立したのだろうか?        GPS や google Map の今ではどうにも成立させにくい詭計。

「雪の夜の訪問者」

〝秀ちゃん吉ちゃん〟ネタをさんざん振っといてタチの悪い結末。まったく、もう。

 



「天の鞭」「過去からの手紙」「水着の幽霊」「女妖の館」                   「流木の女」「別れるのはいや」

避暑地の海岸で出会った女と抜き差しならぬ事になる作品群。                       似たような滑り出しで始めながら、どれもそんなにマンネリを感じさせないのが偉い。

 

「邪魔者は殺せ」

これはあれですよ、姑息なアリバイ作りよりも「私は単に、女という言葉によって象徴される性の充足のみを求めていたのだ。その女が多美子である必要は全くない・・・」という主人公男性の言い分がポイントで。「こんな男は身勝手もいいとこで許せん!」と青筋立てて怒るようでは 狩久の世界は楽しめないよ。



ここまで小説を書いたあと映像業界での仕事が中心となってゆき、                       作家・狩久は長い長い休眠に入ってしまうのだった。



(銀) 本巻はどれもが性愛のアバンチュールに浸るようなプロットではないけれど、本来なら狩久の小説は探偵小説読者だけに限らず大人の女性がベッドに入って眠りに就くまでのひとときに毎晩少しづつコッソリ楽しむような、そんな読まれ方がされるのを私は望んでいる。



しかし現実にはこの全集は超高額商品だったので非常に限られた層にしか行き渡っていない。    モノ(本とか)をしこたま買って自慢する事でしか自分のアイデンティティを保っていられず、  実際女性と付き合う機会は皆無で「ポケモンや小学生と結婚したい」などと呟き、        この全集の古書価格高騰ばかり気にしているキモい中高年オヤジに買い占められているのは、                           (検索するとヒットするのはいつも同じ人物)                              狩久にとってもきっと望まざる不快な状況に相違ない。