2021年5月26日水曜日

『「新青年」趣味ⅩⅪ/特集木々高太郎』『新青年』研究会

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『新青年』趣味 編集委員会
2021年5月発売



★★★★    特集すれども新刊は無く




▼ 意外にも『「新青年」趣味』でさえ、木々高太郎を大きく扱った号はこれまで無かったし、そもそも探偵作家としての木々をメインに取り上げた文献自体が殆ど存在しなかったから、待望の一冊ではある。しかし本誌冒頭からいきなり樽本真応によるふたつの論述にて、
「林久策について ― 一九二二年の文筆活動」
「木々高太郎〈探偵小説芸術論〉の生成  林髞・甲賀三郎・横光利一との係わりから」
つまり象徴主義の詩だとかドイツ表現主義詩とか生理学認識論といった探偵小説フリークが興味を持ちそうにない、というよりむしろ煙たがりそうなテーマに踏み込んだ内容が展開されているので、昔からある木々への偏見を果してここで取り除くことができるのかどうか、私は少々気になった。

 

 

詩は木々のファクターの一部ではあるけれど『「新青年」趣味』を読むような人は、木々のシリーズ・キャラクター達(大心池先生/志賀博士/小山田博士)を深く掘り下げたり、小酒井不木とは全く異なる次世代医学ミステリの解析だったり、そういったものを望んでいたのではないだろうか。この作家に関心が無いと言う(346頁)芦辺拓なんかどうでもいいが、ただでさえ木々は戦前探偵作家の中でも人気が無いのだから、シンプルに彼の探偵小説のリーダビリティだけをクローズアップすべきだったと思う。


 

 

▼ 作品リストが出来上がったのは有難いけれども、探偵小説以外の執筆量があまりに多くて、その分必要な情報が拾いにくいし、フォーマット的にも大下宇陀児・甲賀三郎の時の作品リストより見にくくなってしまった。私個人は作品リストも嬉しいけれど、木々の著書目録が是非とも欲しい。

シビアな事を言うなら、2000年以降に出た木々単独の新刊は『木々高太郎探偵小説選』と『三面鏡の恐怖』、たったこの二冊だけしかない。他の作家は同人出版でも本が出ているのに木々にはそれさえも無い。「詩なんて別に知らなくていい」と多くの人が思っているに違いないし、木々の探偵小説にだってエンターテイメント性はちゃんとあるんだから、本誌を読んだ人に「この人の探偵小説をもっと読みたい」と喚起させるような内容に徹底してもらいたかった。木々を特集するということは斯様に厄介なものなのか。


 

とはいえ、湯浅篤志「ハウスネームとしての〈森下雨村〉」をはじめ、ちくま文庫『「新青年」名作コレクション』制作舞台裏、「渡辺啓助追跡(7)」なんかは非常に楽しめた。啓助に限らず探偵作家の日記ってどうしてこんなに面白いんだろう?あと変なオタク画家に描かせたらアニメ風巨乳にされそうな本誌表紙画の木々作品「月蝕」ワンシーンの女の裸だが、西山彰の手になるビミョーな垂れ乳具合が小説の書かれた時代を正しく捉えており、目立たないけど良い仕事している。



 

 

(銀) もう創元推理文庫は日下三蔵がプレゼンした木々選集を出す気は全然無さそうだから、ここはひとつ横井司の力で、どこか他の版元から木々の新刊を出してくれたら嬉しい。あ、論創社みたいにちゃんと校正ができない出版社は NG ね。

 

 

この数年ずっと感じているのだけど、『新青年』研究会の顔ぶれに大学人が増えたせいか、論文のような文章には閉口する。学内で研究を発表する場ならそれでいいかもしれないけれど、『「新青年」趣味』だったり探偵小説の評論書に論文調のままの書き方をするのはちょっと違うと思う。

仮にそれが大学人であろうとなかろうと、読んでいて面白いなと思わせる人の文章は〝誰々が述べているように〟などと、他人の引用ばかりしているような書き方はしていないし、変に横文字を乱用したり堅苦しい文体でもない。村上裕徳ほどくだけた書き方をしなくてもいいけど、内容もさながら人に読ませる文章というものをよく考えて寄稿してもらいたいものだ。



かつては若かった会員の方々もずいぶん年輪を重ね、昔は会員だった有能な人達がいなくなってしまったから、『新青年』研究会も若い世代の人材を見つけたほうがいいに決まっている。でも最近会員になる人が大学人ばかりに思えるのは私の気のせいだろうか。大学人以外だと会員に誘われないのかな?その一方で、なぜ芦辺拓や黒田明を会員にしたのか私にはさっぱりわからん。いたずらに数ばかり増やすより、質で選んで下さいな。