2021年5月16日日曜日

『京城の日本語探偵作品集』李賢珍/金津日出美(編)

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學古房
2014年3月発売



     日本統治下の朝鮮にも探偵小説好きはいたようだが



1945年以前の朝鮮半島は日本の統治下におかれ、多くの内地人が向こうへ渡り現地の人と共生していた。そんな時代の彼の地において日本語で書かれた探偵小説を集めた本が2014年に韓国から刊行。ところが入手してみて困ったのは、収録作品のテキスト部分はすべて日本語表記で、当時の掲載文献から転載した要するに影印本だから問題はないのだけど、解説部分が韓国語オンリーで書かれているためチンプンカンプン。

 

 

編者・李賢珍は年齢がいくつぐらいでどんな職業の人なのか不明だが、金津日出美は日本の出身で現在は立命館の教授とのこと。しかしこの本を読む側の立場からしたら、当時の朝鮮半島で生活していて今でも日本語の読み書きが自然にできる韓国人なんて相当高齢の人しかいないだろうし、向こうの読者も殆ど戦後派だろうから日本語作品のテキストを全然読めないんじゃないの?同様に日本人が本書の解説部分を読もうにも、韓国語を理解できる人なんてまずいない訳で。つまり日本人にとっても韓国人にとっても本書のすべてを読み取れない編集になっているのが中途半端で困る。


 

 

日本語部分を一通り読んでみたが悲しいかな、翻訳はともかくとして創作ものは駄作しかない。以下、収録内容を簡単に紹介しておく。挿絵画家はノー・クレジット。発表年度について日本語では書いてないが、殆ど元号が昭和になって以降の作品らしい。
どうやって判ったかは後述する。


 

「杭に立つたメス」(三回連載) 金三圭

「女スパイの死」 (五回連載/リレー連作)
京城探偵趣味の會同人【 山崎黎門人/阜久生/吉井信夫/大世渡貢×

「三つの玉の秘密」(三回連載/リレー連作)
京城探偵趣味の會【 山岡操/太田恒彌/山崎黎門人 】

 

 

「名馬の行方」
作者/譯者ともクレジットが無い。
日本の設定に変えているため翻訳というよりは翻案のドイル「銀星号事件」。

「謎の死」 ドイル原作/倉持高雄譯
四回連載。こちらは「まだらの紐」の翻訳。


 

「捕物秘話」(二回連載)  秋良春夫

「水兵服の贋札少女」    青山倭文二

「犯罪實驗者」       青山倭文


 

「青衣の賊」 (八回連載)  野田生

「獵死病患者」(三回連載)  京城帝國大學豫科 末田晃


 

「共產黨事件と或る女優」           森二郎

「彼をやつつける ー奥様方讀む不可ー」    Y・黎門人

「闇に浮いた美人の姿」            白扇生

「暗夜に狂ふ日本刀 腦天唐竹割りの血吹雪」  倉田扇


 

「夜行列車奇談」 ヒアルトフ・アルクナア作/伊東銳太郎譯

「寶石を覘ふ男」 佐川春風
1922年(大正11年)に創刊された月刊誌『朝鮮地方行政』の1928年3月号に掲載。
4ページしかない掌編。本書収録作品の発表年度を含め、兪在眞がweb上に発表している研究資料「植民地朝鮮の日本語探偵小説」を参考にさせて頂いた。
(追記:『森下雨村探偵小説選 Ⅱ 』の湯浅篤志・編「森下雨村小説リスト」を見ると、この作品は内地で先行して『キング』19262月号に佐川春風名義で発表されているので、流用の可能性が高い)

             

 

 

「深山の暮色」         木内爲棲

「探偵コント 意地わる刑事」  京城探偵趣味の會同人/山崎黎門人

「蓮池事件」          京城探偵趣味の會同人/山崎黎門人

「癲狂囚第十一號の告白」    京城探偵趣味の會同人/吉井信夫

「空氣の差」          京城探偵趣味の會同人/古世渡貢


 

「探偵趣味」 江戸川亂歩
大正15年に発売された『ラジオ講演集 第十輯』からの抜粋。




 

佐川春風(森下雨村)、江戸川乱歩、伊東銳太郎以外の人は素性がさっぱり解らなくて少し調べてみた。

 

山崎黎門人
ラジオ局JODK(朝鮮放送協会)に勤めていた山崎金三郎という人らしい。1983年死去。『民団新聞』HP掲載・脚本家津川泉の手記を参考にさせて頂いた。このサイトを拝見すると、本書収録作品の多くは当時の総合誌『朝鮮公論』に載ったものだった事が解る。

 

青山倭文二
1927年に内地で『変態遊里史』という本を出版。雑誌だと戦前の『ぷろふいる』から戦後の『猟奇』まで、彼の名がポツポツと見つかる。



資料としては大変貴重なものなんだが、同人誌ではなく総合誌に載ったものにしては如何せん素人レベルの投稿ばかりだし、現代の日本で発売されるアンソロジーへこれらのものが収録される事はまずないだろう。乱歩の「探偵趣味」も雨村の「寶石を覘ふ男」も当人の許可無く流用されているように見えるし、伊東銳太郎の翻訳も同じようなケースなのかもしれない。





(銀) この本は韓国の書籍を扱っている書店で今でも買えそうな感じだし、もしネット上で古書を見つけても6,000円以上のボッタクリ価格で売られていたら絶対手を出すべからず。



当時といわず戦後の内地でも朝鮮人が日本名に変える例はよくあるから、本書の作家がどこまで内地人でどこまで朝鮮人だったかをハッキリさせるのはかなり困難。台湾の探偵小説として林熊夫(金関丈夫)の記事を書いた時に、はじめは「探偵小説的にも韓国人より台湾の人のほうが親しみが持てる」というタイトルを付けようとしたが、第三者がその記事を読む際によく伝わらないだろうなと判断して変更、その代わりに台湾篇に続き、補助的に韓国篇の記事も書いてみた。とにかく現在の韓国人のような「日本憎し」に凝り固まったマインドで、司法判決でさえ理知的ではなく感情に左右されるような国民に、民主主義の象徴である探偵小説を理解できる筈がないと私は申し上げたい。



統治される側だった身として、色々言いたいことがあるのは私とて理解できる。だからといって国家間の取り決めを平気で破ったり、日本の寺にあった仏像を「我々の国から奪った」などと言って盗んで持ち帰ったり、スポーツの国際大会やオリンピックで政治スローガン丸出しな礼儀の無い態度を取ったり、元々韓国を嫌いでなかった人々までも嫌いにさせるような行動を止めないから、日韓は救いようのない関係へ成り果てるに至ったのだ。     



日本に統治された国は韓国以外にもある。その国の人達だって、日本に言いたいことはきっとあるはず。でも彼らが韓国人のような態度を取らないのは、未来の方向を見て生きているからだ。「(日本と韓国の)加害者と被害者のいう歴史的立場は、1000年の歴史が流れても変わることはない」という朴槿恵の迷文句がある。こんな風に過去しか見ず言い掛かりしか発信しない韓国人に対し、いくら日本人が世界一おめでたい人種とはいえ「仲良くしましょう」と我々が歩み寄るよう望むのは、お門違いも甚だしい。〝詫び〟でも何でも、相手に何か求めるものがあるなら、まずその前に互いの信頼を構築するのが人間関係における基本中の基本であろう。