2021年3月25日木曜日

『江戸川乱歩大事典』落合教幸/阪本博志/藤井淑禎/渡辺憲司(編)

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勉誠出版
2021年3月発売



    間違いとデタラメをすべて訂正して出し直せ




乱歩に関するこの種の文献というと、まず『江戸川乱歩 日本探偵小説事典』(新保博久・山前譲/編)がある。国内の探偵作家(専業でない人も含む)について乱歩が書いたルーブリックやエッセイを纏めており、どちらかといえば何かを調べる本というよりも、乱歩随筆集の中の一冊として認知されているかもしれない。




次に、平山雄一による『江戸川乱歩小説キーワード辞典』。これは乱歩の小説に出て来る単語や事柄を拾い出して作った、文字通りの辞典スタイル。光文社文庫版江戸川乱歩全集で見せた平山の註釈は、ウィットのあるツッコミが笑えて面白かったのだが、ここでは辞典のアカデミックさを守る目的なのか、そういった遊びの部分は一切無くしており〝読み物〟としてのキャッチーさは持ち合わせていなかった。

 

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今回勉誠出版から出た『江戸川乱歩大事典』の特色は、項目の対象が乱歩その人、及びそれを取り巻く大衆文化へと向けられ、執筆者もかなりの人数に及んでおり、『小説キーワード辞典』とは全く趣が異なっている。本書で褒められる点はほんの僅かだし、先にそれを挙げとくか。どちらの本も基本二段組なのだが、『小説キーワード辞典』は 1ページの中に詰め込んだ文字のサイズが大きくてギチギチ感があったのに対し、『大事典』は文字を小さくしてレイアウトし、書かれている内容が〝読み物〟の形になっているところは良い。

 

 

編者からして阪本博志以外の三名は立教大学関係者。そして彼らが指名したであろう各項目の書き手のうち、乱歩や探偵小説の専門家、あるいは一定のレベル以上理解していると言える人は(平井家と岩田家の令孫御二方を除くと)中相作・戸川安宣・堀江あき子らに加えて、川崎賢子/浜田雄介/小松史生子/谷口基といった『新青年』研究会のベテラン勢。編者の中では唯一、落合教幸のみ。つまり全体(約70名)の二割弱しかいなくて、そんなオーソリティほど担当している項目の数が少ない。あとは下川耿史のような高齢の風俗史家もいるが、立教あるいはどこかの大学に属している人の名前がズラッと並んでいる。


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読み始めて気付いたのは、先週320日(土)の当Blog記事にて酷評した藤井淑禎の新刊『乱歩とモダン東京』のテキストが、藤井の担当する項目にほぼそっくりそのまま流用されている事。本書には【土蔵】の項目もあり、そこでぬけぬけと藤井は『乱歩とモダン東京』同様、「旧乱歩邸土蔵=幻影城」というありもしない虚言を、凝りもせず繰り返している。

 

 

こういった事典の類は編者の嗜好によって内容が左右されてしまう。その一方で、小林信彦や『ヒッチコック・マガジン』、あるいは大衆文化を掲げながら乱歩の扁桃腺手術で執刀したドクトル高橋らの名前は無く、【戸板康二】に【水上勉】、更には乱歩の事典になぜ必要なのか誰もが疑問に思うであろう【山手樹一郎】の項目が紛れ込んでいたりする。

その理由は簡単。本書は『江戸川乱歩大事典』と言いながら、その実、藤井淑禎~立教大学人脈の研究発表の場に乱用されているから。水上勉は藤井の得意科目だそうだし、樹一郎の項を執筆した影山亮は現在さいたま文学館の学芸員だが元は立教の人間で、彼が樹一郎の研究をしてきたのは私とて聞き及んでいる。樹一郎と乱歩の間にそれほど関係性も無いのに、わざわざページが割かれているのはこういう内部事情があるからなのだ。



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海よりも広い寛容な心で、仮にそういったやり口にも目をつぶったとしよう。
これほど間違いだらけの本をアナタは事典として認められますか?
さ、おなじみ〝間違いを探せ!〟のコーナー。
本書を読んで発見した誤記や不注意の数々をご覧あれ。
(ていうか、本の間違いを見つけ出す為にBlogを始めた訳じゃないんだが)
なお、ここに挙げたミスが全てでは決してなく、気付いたけどあまりに数が多いんで鬱陶しくて拾わなかったものもあるし、実際誤っている箇所はもっとあちこちに隠れている筈である。
(【 】内は該当項目/執筆者/該当ページを指す)

 

 

◆ 巻頭口絵3ページ キャプション/執筆者不明/上から2行目

  なんとも意気(×)   →    なんとも粋(〇)




第 Ⅰ 部 人間乱歩

◆ 【江戸文学】/渡辺憲司/135ページ 上段1行目

  『伊勢の散歩者』(×) →   『伊賀の散歩者』(〇)


◆ 【レンズ・鏡】/浜田雄介/166ページ 上段10行目

  『青銅の魔神』(×)  →   『青銅の魔人』(〇)




第 Ⅱ 部 社 会

◆ 【百貨店/アパート】/前田志保/198ページ 下段17行目

  『江戸川蘭子』(×)  →   『江川蘭子』(〇)


◆ 【京浜国道】/藤井淑禎/259ページ 上段19行目

   乱歩が愛してやまなかった(?)京浜国道  (×)

   → 書いた本人はシャレのつもりなんだろうが、これも「土蔵=幻影城」同様の虚言


◆ 【地下鉄】/近森高明/312ページ 下段11行目

   大曾根龍二(×)   →    大曾根龍次(〇)


◆ 【気球・飛行船】/原 克/328ページ 下段9行目

   大曾根五郎(×)   →    大曾根龍次(〇)

   久留須左門が空からアジトを監視する「大暗室」の後半に大曾根五郎は登場しない


◆ 【猟奇殺人】/下川耿史/341ページ 上段12行目

   乱歩も第二巻の『変態殺人篇』を担当している(×)

   → 天人社「世界犯罪叢書」の事で、これは名義貸しであり、乱歩の執筆には非ず


◆ 【エログロナンセンス】/斎藤光/348ページ 下段7行目

  『猟奇の果て』(×)  →    『猟奇の果』(〇)


◆ 【ルパシカ】/後藤美緒/386ページ 上段3行目

   渡辺剣二(×)    →     渡辺剣次(〇)




第 Ⅲ 部 ミステリー

◆ 【ジョン・ディクスン・カー】/松田祥平/412ページ 上段10行目

   ワンシントンDC(×) →      ワシントンDC(〇)


◆ 【大下宇陀児】/小松史生子/456ページ 上段13行目

  『宇宙船の情熱』(×)  →        『宇宙線の情熱』(〇)


◆ 【浜尾四郎】/小松史生子/474ページ 下段19行目

   藤枝真太郎(×)   →      藤枝慎太郎(〇)


◆ 【怪人二十面相】/宮川健郎/579ページ 上段4行目

   黒蜥蜴である緑川夫人も二十面相も、殺人をきらい(×)

   → 黒蜥蜴=緑川夫人は殺人嫌いではないし、現に明智は水葬礼にされたではないか




第 Ⅳ 部 メディア

◆ 【円本】/柴野京子/630ページ 上段6行目

   第一巻『蠢く触手』(×) →     第一巻『蠢く触手』(代作)(〇)

 

◆ 【『ぷろふいる』】/落合教幸/751ページ 下段8行目

   名中島河太郎(×)    →    中島河太郎(〇)


◆ 【全集】/村松まりあ/801ページ 上段1213行目

   代作である「蠢く触手」が収録されている(×)

   → これは1950年代に出た春陽堂版江戸川乱歩全集についての文章だが、

    「蠢く触手」が乱歩全集に収録された事はかつて一度も無いし、今後も無いだろう

     この項は他にもあちこち間違いだらけだ



なんでここまで間違いが発生するのか?
しかも浜田雄介と落合教幸までこんなミスをするとは思えないし。このような仕事を任せられるほどの力量を持ち合わせていない人が多いのも問題とはいえ、ミスをやらかしている書き手は自分の原稿を見直したり推敲したりしないの?原稿を回収した編者はそれらひとつひとつに目を通さないの? はたまた、この事典に校正という作業は存在していないの?探偵小説の新刊本を出そうとする最近の中小出版社は何考えて本作ってんだか、私にはも~さっぱりわからん。




(銀) 何事もそうだけど、そのジャンルに聳え立つ既存の考えに物申してそれを少しでも変えたいのなら、事実を踏まえてまず自分の意見を聞いてもらえるような姿勢でアピールしないと、藤井淑禎のようなやり方では(私ほど極端に冷淡ではなくとも)乱歩ファン/探偵小説ファンは彼の云う事に耳を貸すどころか、完全にシャッターを下ろしてしまうだろう。



藤井の執筆している項目で、あたかも探偵作家(や探偵小説ファン)が「自分達の仲間以外の作家(非探偵小説ファン)を排他する傾向がある」みたいな物言いをしているページがあった。そういう面は確かにあると認めるけれど、少なくとも探偵作家の中で、松本清張をはじめ新しく世に出てきた社会派作家の芽を摘もうとするような言動をした人なんて私は思い当たらないけどな。

むしろ探偵作家に対する「探偵小説を〈お化屋敷(ママ)〉の掛小屋からリアリズムの外に出したかった」発言にはじまり、偉そうな態度を取っていたのは圧倒的に藤井の大好きな清張のほうだったのだから、探偵小説ファンが清張嫌いになったとしても、そりゃ自業自得というものさ。