2021年3月20日土曜日

『乱歩とモダン東京』藤井淑禎

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筑摩選書
2021年3月発売



    このセンセイは何も進歩していなかった




立教大学江戸川乱歩記念 大衆文化研究センター長だった藤井淑禎。いや、こう紹介すべきかな。メディアに対して「池袋の旧乱歩邸の土蔵を乱歩は【幻影城】と呼んでいました」という、全くの事実無根情報を2000年以降懲りずに拡散してきた人物、と。

 

 

以前、彼が文章にしてきたテーマを集めてアップデートした単行本とでもいうか、乱歩通俗長篇に絡めた帝都東京の文化的発展を俎上に載せたもの。前置きに『探偵小説四十年』への疑問から始める(それは中相作が常々提言してきたことの受け売りに過ぎないのに、参考文献+メディアリストが本書に一切記されていない)。2004年に藤井が編纂及び執筆も手掛けた「国文学解釈と鑑賞」別冊『江戸川乱歩と大衆の二十世紀』の頃に比べ、少しは乱歩を読み深めて進歩したのか御手並拝見。

 

 

2章で、通俗長篇スタート後に明智小五郎が居を構える御茶の水/開化アパートとは、当時どれほどの超ハイクラス物件だったのか、開化アパートのモデルと見られる文化アパートの見取図等から、そのリッチさを想像する。第34章は蜘蛛男による里見芳枝嬢誘拐ルートを実際の地名と照らし合わせたり、東京市内幹線道路のインフラ拡張に目を向ける。

 

 

56章はエンターテイメント施設。
蜘蛛男による四十九人娘殺しの舞台に選ばれたのは鶴見遊園のパノラマ館だが、実際、あの時代の鶴見には(パノラマ館こそなかったものの)花月園というアミューズメント・パークがあったらしい。片や、両国国技館が出て来るのは「吸血鬼」。ランドマークな面以上に、あそこで開催されていた菊花大会の明治風おどろおどろしさのほうが、乱歩テイストには重要かと(横溝正史にも「菊花大会事件」という短篇がある)。
7章は芝車町への転居が交通の騒音で落ち着けず、乱歩が逃げ込むことになる麻布の張ホテル8章では文代と結婚して住むようになった名探偵の龍土町一戸建て、その文化住宅をチェック。9章になると、新東京というか三十五区になり、作品にも乱歩自身の住居にも郊外志向が現れてくると著者は言う。

 

 

 

こんな感じで、ほぼ各章の題材を紹介したのは、春陽堂みたいに漢字をいくつも開いていたり(顰蹙 → ひんしゅく、謙遜 → けんそん etc)、そういうのは今回あるけれど、前述の『江戸川乱歩と大衆の二十世紀』で連発していた〝三色パン〟のような意味不明な形容は止めているし、それなりに本書は評価できるかなと思えたから。

けれども第11章に至って、またもや〝土蔵 - 幻影城問題というささやかな論争がある〟などと持ち出し、乱歩の連載エッセイに「蔵の中から」「幻影城通信」というタイトルのものがあって「蔵」と「幻影城」は完全に置き換え可能だから〝話題作りに忙しいマスコミ等によって土蔵が幻影城と呼ばれたとしてもやむをえないことだったかもしれない〟という風に藤井は反論する。え? このBlogで何度も指摘してきたこの人の発言は、いつの間にかマスコミのせいへとすり替わってるじゃん?



改めて言っておきます。江戸川乱歩こと平井太郎氏が一回でも「あの蔵の事は心の中で幻影城という名で呼んでいました」などと言ってる証拠、又は、近しい家族・知人がそのような乱歩発言を聞いたことがあるというのならば、「土蔵=幻影城」という呼び名をここまで否定しないかもしれません。しかし残念ながら、そんな第三者証言さえ只のひとつも誰も(勿論私も)見聞した事が無い。ありもしない事をあたかもあったかのような発信をいつまでも続けていると、それはもはや妄想どころではなく、虚言癖のある人だとしまいには思われますよ。

 

 

藤井ひとりによる作り話でしかないのだから、そんな馬鹿馬鹿しい議論なんて行われた事も無いし、そもそも(識者が「アナタそれは違いますよ」と何度もたしなめたのに)藤井が同じ立教の渡辺憲司と一緒に散々「あの蔵は幻影城でーす!」って言いふれまわったからだろうが。なんでこうもありもしない事実に固執するのか・・・・別に「謝れ」って言っている訳じゃないから、もう二度と発信しなけりゃそれで済む事なのに。この人、もともと自分は松本清張の研究者だと自分で言っているけど、江湖の清張研究者に藤井の論考はどう見られているのか、是非一度質問してみたい。

 

 

 

(銀) 「国文学解釈と鑑賞」別冊『江戸川乱歩と大衆の二十世紀』にて藤井は、乱歩通俗長篇の最高傑作を「吸血鬼」だと臆面も無く述べていた。わざわざここに書くまでもなく、あの作品は「一寸法師」同様に苦手な長期新聞連載であり、自己嫌悪から休筆へと繋がった出来の悪い長篇だ。今回その発言は削除していたから、恥ずかしい過去はすべてdeleteしたものだと安心していたけど、「土蔵=幻影城」というホラに相変わらずしがみ付いているとはねえ。今迄こんな人が運営のトップにいながら、江戸川乱歩センター(長いから略する)が稼働してきたのは、落合教幸学芸員(当時)がいたからだ。

 

 

研究のテーマが乱歩であれ何であれ、またいくら「通説をひっくりかえしたり、陽の当たっていなかったところに光を当てようとする」(237頁)のがこの人の姿勢とはいえ、明らかな嘘を堂々とばら撒く人間のことが研究者として信用されるだろうか。