鷲尾三郎というと大河内常平・楠田匡介・岡田鯱彦らと並んで、60年代後半以降に著書が再発 されず古書価がえらく高騰した戦後作家。
▲「屍の記録」(長篇)
とかく脱力しそうな人間消失トリックで好事家には有名な作。だがそれを除けば由緒ある古都の酒蔵に代々連続するオカルティックな凶事とそれに立ち向かう主人公のラブロマンスが交錯するストーリーは実にいい。バカバカしくて子供騙し過ぎるトリックかもしれないけれど、探偵小説なんて抑々つくりもの・御伽噺みたいな要素が美味しいのだから。
現実に擦寄り過ぎた結果のミステリが社会派ものな訳で、世知辛い現代の中で産業ミステリや サラリーマン・ミステリみたいな小説をわざわざ読みたいとは思わない。最低限のリアリティは必要だけども、探偵小説好きの立場から言わせてもらえばその古さ・奇妙さ・前時代っぷりが セクシーなのであって、本作における実際ありえない仕掛けを〈本格〉として扱う事に嘲笑が あったとしても、これはこれで面白い。
▲「呪縛の沼」(長篇)
こちらも本格調で、撃抜かれた密室死がメインテーマ。だが探偵役の英法学者・三木要の個性に特筆すべきところがなく、これなら上記「屍の記録」のウエットなプロットと、なにかと隙の 多い探偵作家・牟礼順吉の方が味がある。三木要はラストにて開陳する大勢の容疑者達の 入り乱れた暗い過去をどうやって全部探り当てたのかも疑問。
▲「雪崩」(中篇)
アプレゲールなカップルが罪に罪を塗り重ねてしまう倒叙もの。性行為がフリーではなかった 戦前人にとって、アプレ達の無軌道な行為は当時ショッキングだったろうが、 現代の眼から見るとたいした事ではない。アプレものの弱さはそんなところにある。
▲「生きている人形」(短篇) ▲「魚臭」(短篇) ▲「死の影」(短篇)
これら三短篇は単行本初収録との事。 「魚臭」「死の影」は犯罪のない、もろスーパーナチュラルな小品。「生きている人形」は 生きるため躰を犠牲にしなくてはならない京祇園舞妓の悲しい運命を描いたもので、江戸川乱歩の「人でなしの恋」に近いようで異なるしっとりした倒錯の世界。京都弁での進行もあり印象 深くて良かったけれど、結末の場面とタイトルに読み手の気持をガッチリ掴むもう一捻りが 欲しかった。
「早くも」というべきか「ついに」というべきか、この全集も本巻で一旦打ち止めとのこと。
(銀) 鷲尾三郎もここに入っているような一応本格と呼べる長篇ばかりならいいのだけど、 戦後の貸本時代にありがちなアクション・ハードボイルドやスリラー風の話も多いのが難点。 そういう本格でもないし探偵趣味があるといっていいのか微妙なストーリーの昔の単行本までも高騰しているのだからどうにも呆れる。レアなら何でもいいのか。
この辺の戦後作家はレア扱いこそされているけれど、文体その他なんでもいいが自分の打ち出す個性というものがもうひとつ弱い気もする。その辺に欠点があるから、 独特の世界観を持っている香山滋/鮎川哲也/山田風太郎らとは違って再発されるチャンスも なかった。現に商業ベースで近年出た彼の本というと河出文庫の『文殊の罠 鷲尾三郎名作選』と本書のみ、寂しい限りである。