第一作「茶色の上着」が「くるま」「りんかく」など、変なひらがな遣いがあって読みにくく、文章の構成はアマチュア然としていてどうなる事かと案じたが、その後は徐々に落ち着きを見せ敗戦で荒廃した者達の仕組んだ犯罪を描く本格推理を展開。
他に「非常線の女」(脱獄犯と情婦の心理スリラー)「宝くじ殺人事件」(盗品移動トリック)「勲章」(時間錯覚アリバイ)「俺は生きている」(「勲章」共に解題378頁で指摘されている程、作家にプロテストな意図はないと思う)「引揚船」(監獄部屋脱走のそのオチは・・・)「宝石の中の殺人」(これだけはつまらない。他に採る作品はなかったのか)を収むる。探偵役はプロフィールが無色透明なので損しているが、その分、登場人物には血肉があって予想以上に面白かった。
最近の巻で思うのは監修者・横井司の解題にキレがなく、先人の論評の引用頼りが多いような気がする。マイナー過ぎる作家が続き材料が少ないのはわかるが、氏は戦後作家がそれほど得意ではない?
本書も鮎川哲也の引用ならまだ納得できるけれども、厚かましく江戸川乱歩や横溝正史の顔に泥を塗りたくる芦辺拓の言を解題に引くのは不快極まるのでやめて頂きたい。私はプロの発言だけを求めたいし、芦辺などではなく横井司自身の今の時代の論評が読みたいのだから。
(銀) 坪田宏はシーンの中で大輪の花を咲かせることが出来なかった作家だけれども、本格を好む人ならチェックは必須。ただ、せっかく一定の数の本格作品を遺したからには、日本の探偵小説の歴史に残るようなsuperbなトリックをたったひとつでも創造していれば、それが一短篇であっても後世までリスペクトされていたかもしれないのだが。