2020年10月7日水曜日

『蘭郁二郎探偵小説選Ⅱ』蘭郁二郎

2013年3月2日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第60巻
2013年2月発売




★★★★   蘭の香の 薄れ淋しや 郁二郎



 今回の二冊刊行によって、入手難だった蘭郁二郎の作品がだいぶ読めるようになったのは欣快に堪えない。



 「雷」(密室の感電殺人)「楕円の応接間」(理由なき高熱死)「睡魔」(謎の眠り病)「寝言レコード」(輸入された音源不明のレコード)で科学的トリックを展開、一応犯人探しの形態をとる中篇「黒い東京地図」、また木々高太郎の大心地先生を模写した珍作「死後の眼」等もあり。

 

 

複雑だったのは「息を止める男」「足の裏」「虻の囁き」「鱗粉」「腐った蜉蝣」。     これら初期の、湿った日陰のような生々しい作風が彼の最も良いものであるのは間違いない。 後期の科学ものでも断片的に散見されるが、美しい女性の四肢への憧憬描写があってこそ蘭郁二郎。だが上記5篇を含む初期作は平成15年刊『魔像』(ちくま文庫)にすでに纏められていて、本書を買うような人は殆ど持っているのでは? ここに再録するよりも他に埋もれたままの小説がまだまだあるので、その辺は配慮が必要だった。

 

 

その代わりといっては何だが、蘭の死後に海野十三が追悼として世に出してくれた「古井戸」「刑事の手」の単行本初収録は嬉しい。いつ書かれたものか不明だが、作風が初期の感じに回帰しているような。また、蘭の随筆が思ったよりも存在していて11篇収録。小説の印象からして 内向的であまり物申さない風に見えるが、江戸川乱歩への不満と期待や探偵小説・科学小説に 対する考えを強く述べている。

 

 

戦争が終われば防諜スパイ小説を書く必要も無くなる。生き延びていたら戦後はエロティックな新生面が開ける可能性もあった。蘭は昭和19年海軍報道班員としてインドネシアへと向かう途中不慮の飛行機事故でその生涯を閉じる

 

 

 平成以降に出た蘭郁二郎の本といえば本叢書『Ⅰ』『Ⅱ』及び昨日の記事にて触れた長篇「白日鬼」収録の『幻の探偵雑誌 「シュピオ」傑作選』(光文社文庫)の他には、      『火星の魔術師』(探偵クラブ/国書刊行会)『怪奇探偵小説名作選 7 魔像』(ちくま文庫) 短篇「蝶と処方箋」収録のアンソロジー『悪魔黙示録』(光文社文庫)がある。平成30年には 河出書房新社から〈レトロ図書館〉と題した単行本で『地底大陸』が再発されたが、これは底本に戦後の桃源社版テキストを使っていたため私は買っていない。蘭作品を収録したアンソロジーは他にも数点あり。

 

 

盛林堂書房が出した同人出版ものでは紀元社から昭和16年に出た『少年科学小説 奇巌城』の 復刻版文庫、大下宇陀児/甲賀三郎/海野十三/渡辺啓助との連作もの『科学探偵小説 我もし参謀長なりせば』がある。 

 


(銀) 「蘭の香の 薄れ淋しや 郁二郎」という句は勿論私のオリジナルではなくて、素晴らしかった蘭郁二郎初期の作風が徐々に変わっていくの名残惜しんで西田政治が詠んだもの。