2020年2月29日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿
創元推理文庫
2012年12月発売
★★★★★ フリーキーな真相に対する可否さえ押し倒す
巻を措く能わざる面白さ
変装・・・同じ変装とは言っても何かを着たり付けたり被ったりする〝足し算の変装〟だけではなく〝引き算の変装〟というのもあって・・・。
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この物語が日本で単行本になる際にかなりの頻度で表紙画に描かれる、何百年も前の機械仕掛けの自動人形。悪魔信仰サバトの象徴として〈金髪の魔女〉と呼ばれる、動く筈の無いこの人形がギデオン・フェル博士めがけて火車砲のように突進する・・・そして〝曲がった蝶番〟とは何の事なのか?
少年期から米国の親類筋に預けられていたジョン・ファーンリーだが、英国へ戻って爵位と財産を 継ぐ事になった。そんなある日「昔、客船タイタニック号の沈没時に一人の少年と身分の入れ替わりをしてしまったが、自分こそ本物のジョン・ファーンリーだ」と言って相続権を主張するパトリック・ゴアという名の男が突然やって来た。ふたりのジョン・ファーンリーによるイヤ~な感じの対決。どちらの言っていることが真実?
と聞けば日本人はすぐ「犬神家の一族」の佐清を持ち出したがる。横溝正史は海外ミステリだけでなく、日本の戦前探偵作家が書いたネタさえも巧妙に自作に利用したが(他人の作品名を長篇の小見出しにパクっている場合もあり)、正史には本作『曲がった蝶番』よりも前に書いた「鬼火」というものがあるため、いくらカーを礼賛したといっても正史が本作を一本釣りで「犬神家の一族」のトレースにしたとは言い難い。
日本では江戸川乱歩が「パノラマ島綺譚」「猟奇の果」で〝なりすまし〟というテーマを用いた作品を1938年発表の本作よりも前に書いていた訳だが、普通ならば〝なりすまし〟の素材だけで長篇一本成立するところなのに、カーの凄いのは更にフリーキーで複雑な殺害トリックをもぶちこんでくる貪欲さ。極上のステーキだけで腹いっぱいなのにトリュフまで添えてあるみたいな。
ここでの殺人は一応〈衆人環視〉のクローズドな状況ではあるが、視力の悪い目撃者がいるのはまあいいとして夜の闇でハッキリしないから明快な〈密室〉状態というには少し苦しい。それと本作を読んでいつも思うのだが、読者への挑戦を煽るのであれば、たとえ簡素でもジョン・ファーンリーがバッタリ倒れこんだ池を囲む屋敷の図があったほうがフェアな気がする。
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犯人の現実離れした手口には「特撮じゃあるまいし、そんなこと可能なのか」と言う人もいそうだし「この結末で終わっていいの?」と言う人もいるだろう。私は私で今回の新訳によるラスト第四部で、ある人物の「×× ね」「×× ですよね」と変に馴れ馴れしい口調の翻訳には違和感があったけど、カーがただのトリック・メーカーでは終わらない〝物語の名手〟であるのを証明する代表作のひとつなのは間違いない。
(銀) 本作を読んでグッとくるものが何も無かったら、その人はカーのどの探偵小説にトライしてみてもきっとダメだろう。それぐらい人気も認知度も高い傑作。絶頂期のカーは多少綻びがあってもストーリーテリングの上手さでねじ伏せてしまう力強さを備えている。昨日取り上げた同じ年に発表した前作『死者はよみがえる』と比べてもプロットに無駄が無いし、実際にはありえないロジックもついつい納得させられてしまう点でこちらのほうがはるかに出来が良い。ただ脂が乗っているうちはいいが後年になるとその辺の衰えが顕著になってくる訳で、それについては次の記事で語ることにしよう。