この作家の一番の長所はバラエティに富んだアイディア。
蝸牛の道筋という突飛な発想(「赤いペンキを買った女」)
股の下から世間を覗く変態趣味(「股から覗く」)
猟銃音の錯覚(「杭を打つ音」)
聴覚を視覚に変換する科学の奇蹟(「影に聴く瞳」)
コンゲーム(「慈善家名簿」)
花嫁の処女を奪いに来る満洲版大江山酒呑童子(「紅鬼」)
法廷劇、理化学トリック、ミス・ディレクションと八面六臂の多様な探偵小説を読ませてくれる。小説は全22篇を収録。
常にトリッキーなものを書こうとしている姿勢は大いに評価してよい。だが「骨」で密室殺人を狙うもややスベっていたり、構成力が足りておらず作品を織り成す要素が渾然一体になっていなかったり、結末から見て一篇の全体像が明確でなかったりする欠点もある。良い発想に少しだけ筆力が足りていないというか。本書収録作のうち最も長い中篇「蝕春鬼」がスリラーになってしまった点といい、長篇がない(書けなかった?)のもこの辺に要因があるかもしれない。
シリーズ・キャラクター/花堂琢磨弁護士が最初はイヤミな面を見せるも、登場が進む毎に生真面目になっていくのも賛否あるだろう。葛山二郎は本格に近いポジションにいただけに、昭和10年以降進化できず戦後もう一花咲かせることも無いままフェイド・アウトしてしまったのは誠に残念。良い探偵小説を書くという事は本当に難しい。
いつもこの叢書は解題を読むのも楽しみなのだが、今回は鮎川哲也・権田萬治ら先人の引用が多く、新しい論評が少なくて物足りなかった。葛山自身が己を語るエッセイもないし、彼に関する情報がそれだけ少ないということか。
(銀) 十代の終り頃「赤いペンキを買った女」を初めて読んだ時「こんな事、よく考えついたもんだなア」と素直に感心した。海外の作品でもここまで奇妙な(それでいて我々読者にも身近といえる)アイディアを考案した例はあまり思いつかない。2020年7月22時の記事で紹介した瀬下耽と並んで、戦前探偵小説を彩ってくれた功績は称えられるべき。
「股から覗く」はタイトルまんまの奇妙な味が売りの怪作。この作品を未読の友達(女性)に「痴漢の話なんでしょ? 文字どおりのヘンタイな変格ものなんでしょ?」と真面目な顔で訊かれたことがある。ヘンタイ変格という部分は合ってるかもしれんが「股から覗く」は決して痴漢の話じゃありませんから。