本巻は一短篇を除き中〜長篇という分量のものばかりという編成。探偵・秋水魚太郎を擁する「紅鱒館の惨劇」「盲目が来りて笛を吹く」「うるつぷ草の秘密」「ミデアンの井戸の七人の娘」「廻廊を歩く女」「夜毎に父と逢ふ女」「加里岬の踊子(原型版)」を収める。
この中で、シャム兄弟・血の儀式・モーゼの十戒・・・ユダの悪夢に彩られた問題作「ミデアンの井戸の七人の娘」(以下、「ミデアン」と略す)に触れたい。本書に収録されている作品は基本的に論理的な解決を迎える本格ものとして扱われるのだろう。ただそうすると「ミデアン」の場合、例えば冒頭でヒロイン真木のり子の寝室に夜毎侵入してくる謎の妖婆について解明がないのはどうなるのか。
幽鬼太郎による「科学と寓話の不合」という当時の書評にも一理ある。編者は巻末解題で『「あくまで本格推理」「新本格と繋がる遊戯性がある」と言っている芦辺拓のシンパシーは自己都合からくるもので、岡村雄輔本人の意向とは異なっている』とさりげなく窘めているように私には読めた。ここはもう少し詳しく記述してほしかった処ではあるが、さすが横井司。それを裏付けるかのように「暗い海 白い花」(本書未収録)以降、非ロジカルな方へ作風は傾いてゆく。
だが「ミデアン」をはじめ、どれもが力作であるのは保証する。戦前探偵小説のロマンの血を受け継いだ上で「本陣殺人事件」「高木家の惨劇」「刺青殺人事件」以降の錚々たる戦後本格の牙城に挑んでいる。『日本ミステリー事典』で岡村は「作風が地味」だと紹介されていたけれど、そこまでの弱みは感じない。「盲目が来りて笛を吹く」の中で次作「ミデアン」の事件をチラリ予告するなど、シリーズものである事を読者に印象付ける為の些細な演出が心憎い。「加里岬の踊子」では秋水探偵のルーツを紹介する人物の登場も。
なんで今まで岡村雄輔の著書は一冊も出なかったのだろう?これだけ読ませる作家の鉱脈が日本の探偵小説にはまだ眠っているのだから、なんだか嬉しくなってしまった。
(銀) 雑誌『宝石』を刊行していた岩谷書店が戦後大掛かりに売り出した全集・叢書の類に【岩谷選書】というものがある。その中には発売を予告されていながら結局日の目を見なかった巻があって、例えば J・ハリス『幻妖夢』、椿八郎『カメレオン黄金虫』、大倉燁子『地獄の花嫁』、そして本巻でようやく読めるようになった岡村雄輔の『盲目が来りて笛を吹く』も当初はラインナップの一冊として単行本発売される筈だった。
小栗虫太郎の亜流みたいな部分も見受けられるが、「出してくれてトテモ嬉しい」「内容も満足した」という二面の意味で、岡村雄輔は論創ミステリ叢書がこれまで採り上げた作家のうち、〈My Best 5〉に値する高評価。