2020年9月8日火曜日

『守友恒探偵小説選』守友恒

2012年5月17日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第51巻
2012年5月発売



★★★★★  「戦時下に本格なし」という従来の史観を覆す一冊





論創ミステリ叢書の刊行再開だけでもめでたい上に、とうとうあの守友恒が登場。「この戦時下日本で探偵小説などけしからん!」と強制自粛が始まっていた筈の昭和14年にデビュー、しかもなんと本格だ。犯罪鑑定家・黄木陽平の事件簿が集成されたのは勿論初で、短篇「青い服の男」「死線の花」「第三の眼」「最後の烙印」「燻製シラノ」(以上戦前作)「孤島綺談」「蜘蛛」「灰色の犯罪」「誰も知らない」(以上戦後作)、加えて五随筆を収むる。




最大のメインディッシュはなんといっても昭和22年の書き下ろし長篇「幻想殺人事件」、これに尽きよう。さる私刑事件で警察に眼をつけられていた銀杏屋敷へ『新帝都』女性記者が取材に訪れたその日、偶然同じく居合わせた先代秘書の十村周吉が惨死。黒雲に覆われたこの蔵人家の謎を執拗に追う石狩検事達だが、殺害方法/理由/下手人の逃走経路、全て闇の中。〈デカダンな美女妻・ユキ〉〈白痴少年〉〈容疑を掛けられた老家僕〉〈恋人を兄に奪われたまま行方不明な弟・蔵人潜介〉、そして全ての鍵を握る〈天才的二重人格者であり邸の当主・蔵人琢磨〉。


 

守友作品はキャラ設定に長け、本格にありがちな単なる「将棋の駒」ではない。また適度な情感があり、些細な事だがキャラのネーミングも良く、黄木陽平が常に完全な勝利者ではないのも魅力的。たまに「死線の花」の犯人のカムフラージュが慣れた読者にはバレぎみだったり、トリックの斬新さ・プロットの描写力があと一歩あったら横溝正史級に肉薄できたと思う。(ま、その「あと一歩」が乱歩・正史と他の探偵作家の大きな壁ではあるのだが)


 

とはいえ、この面白さで何故今まで守友恒が評価されなかったのか不思議。同じ日本の本格長篇でも私は蒼井雄『船富家の惨劇』よりこっちの方が断然好きだ。大阪圭吉でさえ本格長篇はないのだから推して知るべし。いやいや、この叢書が再開に際し版型が変わりニ段組になったのを忘れるぐらい夢中で読みふけってしまった。早くも2012年における探偵小説の新刊本 No.確定だ。もっと他の作品も読みたいし、失われた四百枚長篇「完全殺人事件」も奇跡的に発掘されたりしないだろうか。




(銀) 待ち焦がれていた守友恒の新刊とはいえ、我ながら「本格、本格」とやや騒ぎ過ぎの感あり。手掛かりを十分に提示した一部の隙もない構成とまでは行かないが、日中戦争が始まった後の探偵小説としてはちゃんと謎解き指向を実践しているのが偉い。守友はあと一巻組める程の作品が残っているんだが。


 

本文中でも書いているが、叢書再開されたこの第51巻から本の版型が長方形のA5版に、テキストのレイアウトが二段組に変更された。


 

カバーデザインを第12巻平林初之輔の時の、初出の挿絵をコラージュするスタイルに戻したのが良かったし、それまでの正方形タイプのA5変形版は本棚に並べる時やや扱いづらいこともあったのでA5版になって嬉しいが、こんな事なら第1巻からこの版型で統一しとけばスマートだったのに。


この新しい版型は twitter を通した読者の意見を勘案して決めたとかと言うが、出版社の人達ってさ、私みたいにSNSなど絶対やらない読者の意見は聞く気が無いのかね? 論創社も twitter の更新をやってるヒマがあったら、自社webサイト上の『守友恒探偵小説選』目次内容がすっかり『蒼井雄探偵小説選』のものになっている間違いとか、さっさと訂正したらどうなのか。