探偵小説に詳しい人には周知の事実なのだが、横溝正史の角川文庫テキストは長年にわたって改竄された代物だ。『獄門島』で言えば黒背(緑304)時代の昭和51年発行21版以降おかしな改変をやり始め、〈金田一耕助ファイル〉となってからは解説さえもなくなり、章立てに「プロローグ」「エピローグ」なんて元々なかった見出しを付けたり、他の作品も一様に言葉狩り処理は当り前になっている。
本書には附録資料として「作者の言葉」「初刊本あとがき」「獄門島懐古」「特別座談会/父・横溝正史を語る その1」 加えて「獄門島要図」を収録。「獄門島懐古」は絶版状態の『真説金田一耕助』収録のエッセイ。他の巻へも部分的に収録されているが、『真説金田一耕助』はこういう小出しではなく完全復刊するべきで、巻末附録内容は単行本未収録エッセイや「特別座談会」のような新規の正史関係者インタビュー等で固めてほしかった。巻末解説パートがもっと強力な内容だったら『横溝正史自選集』はより注目されたのだが。
2012年の「東西ベストミステリー100」で「獄門島」が国内一位になり、尻馬に乗って急遽角川文庫が大重版をかけるらしく、カバーを「杉本一文」デザインと現行の「一文字」デザインのどちらがいいかとtwitterで角川の社長が言い出した。それを見た人の多数が「杉本一文」カバー希望とリプライしたが、次の日には営業の人間が「一文字」カバーを強行したので結局「現行のままでいく」との社長の弁。(私は知ったこっちゃないけど)これじゃあ何のためにアンケートしたか意味がないよな。社内のコンセンサスがとれていないし、ユーザーが何を望んでいるか全く理解してないんだよ、角川という会社は。
カバーをコロコロ変えても肝心のテキストを正しく作れないようでは、持っている価値は無し。私はもう角川書店なんかどうでもいいし、これ以上横溝正史を汚さないでもらいたい。
(銀) くまもと文学・歴史館所蔵の乾信一郎宛て横溝正史書簡には「『獄門島』の執筆にあたり、基本構想に悩んで煙草ばかりふかしている」と正史の胸中が吐露されている。横溝孝子夫人にその構想を話してきかせたところ「これこれこういうことなのね」と答えた夫人が自分の意図をさっぱり理解していないものと早とちりして怒りかけた正史は「ありゃ、そのアイディアは悪くないな」と思い直し、孝子夫人の言を採用したとエッセイには書いてある。普通に考えると、横溝夫婦のこのやりとりは乾信一郎への手紙を書いた直後のように受け取れるが、事実はどうだったのだろう?