2020年9月3日木曜日

『無邪気な殺人鬼』宮野村子

NEW !

盛林堂ミステリアス文庫
2020年8月発売


★★★★     女はそれを我慢できない




すっかり古本ゴロの巣窟みたいになってしまった盛林堂書房の文庫だし、解説は喜国雅彦一派の彩古(古書いろどり)だし、あまり積極的には取り上げたくないのだが宮野村子なので・・・。収録されたのは過去に単行本未収録だった8短篇と生前には未発表だった1短篇。「トリックってそこまで重要なんですか?」てな感じの、芯から文学派の人なんでどっぷり ❛ ♀ ❜ 目線で描く、ドロドロの人間心理スリラー全開。




   「死後」

これのみ紅生姜子名義の昭和13年作。掲載紙が『科学ペン』というのも彼女にしては異色。科学雑誌掲載なのに、死後の世界を主張する病身の少女・芳子に掴まれた妙子の咽喉に指の痕が消えなくなる・・・という怖い話(?)。

 

   「運命の使者」

扇情的な犯罪が起きる訳ではないが、しんしんと雪が降りつもる大晦日の夜を静かに過ごす小家族の日常は、(さびれた地方では今でもそうなのかもしれないが)昭和50年代以降我々が失ってしまった日本人の慎ましい年越しの在り様をしんみりと描いている。

 

   「無邪気な殺人鬼」

水商売の女手ひとつで育てられた、幼く純真な少女マリコ。娘の無邪気さとは対照的に親として世間並みのの愛情を注げない、乱れた生活の母との間に思いもよらぬ惨劇が・・・・。そこまでやるか、宮野村子よ。

 

   「冬の蠅」

サディスティックにも近い高慢さで周囲の人間を不幸に追い込む元ブルジョアの冬美。この女もいわゆるアプレゲールの一種と見るべきか。 

 

   「白いパイプ」

家に訪ねてきた訪問者の怪しい形跡から妻への疑惑を持つ夫。本書の中で珍しく救いのあるオチにホッとする。この短篇に事件なんて何も起きないのに、彩古は「フーダニットの興味」などと的外れなことを解説に書いている。



 

   「時計の中の人」

これでもかとばかりに繰り出される、敗戦後の鬱々とした物語。どこまでも不幸を背負った男・貞雄、三角関係の泥沼からなんとか貞雄を救おうと藻掻く伯母・あき、穢れを知らない少女・奈々子のイノセントさ。この三者のコントラストが余計に悲しい運命を際立たせる。

 

   「吸血鬼」

いつもの ❛ 情念 ❜ ものとは違って、現実味から離れた御伽噺みたいなロマネスク・スリラー。

 

   「善意の殺人」

不倫ネタを用いているのでまたしても女の怨念が・・・という展開を先読みしてしまうが、この作にだけは、やや錯綜した謎がある。

 

   「死者を待つ」

名編集者・原田裕の旧蔵品の中に残っていたらしい未発表作。そういや原田の家から放出されたものを何人かの転売屋がヤフオクに出品していたのは知っているが、彩古もぬけぬけとその中に混じっていたな。集中豪雨と土砂災害を素材にした本作は、相変わらず天災が多い令和時代でも有効かもしれないが、素人の私から見てもあと少し文章の隅々へ推敲が必要だと感じた。




(銀) いや~宮野叢子好きの自分でさえ、コッテリした感情を押し出した作品の連続にさすがに読んでて重かった。種類は異なるが、朝山蜻一のエグい作品を読んだ後と同じぐらいに疲れたかもしれん。変格や文学派に甘い私でさえこうなのだから、「論理性が無ければ探偵小説じゃない」「ベトついた人間関係の話は苦手」という人はとても受け付けないかも。覚悟して読まれたし。


商業出版じゃないとはいえ盛林堂の本も度々校正の杜撰さを目にする。ボーッと遊び半分に作業しているんじゃないのか?


● 38頁10行目 「ほんとに発狂してしまったのです。」

● 100頁12行目の後に無用な数行分のブランクがある。