戦前日本の探偵小説家の中では、知名度のわりに人気の無い木々高太郎。その訳は本書解題でも述べられているが、原因は他にもあると思う。才能の捌け口を探偵小説に集中できなかったと云うけれど、特に戦後は小説の執筆に心血を注ぐよりも探偵文壇に火種を巻いて高木彬光らを敵に回したり、若手世代にいまいち人望を得られ無かった(特に本格派、というか乱歩派の後輩作家に)。加えて詩人としての資質の投入、それもひとつのトライではあるものの、探偵小説に必要な色気を失いはしなかったか。直木賞受賞長篇『人生の阿呆』を激賞する探偵小説ファンの声はあまり聞かない。
かなり久しぶりな木々の新刊。政略結婚に戸惑う令嬢と謎の青年紳士を主人公にした「四十指紋の男」「獅子の精神病」等、全八話からなる連続短編オムニバス。これはなかなかの佳作。木々とルブラン、意外な取り合わせだが、明らかに『八点鐘』の手法が用いられている。戦前の日本探偵に与えたルブランの影響がこんなところにまで及んでいて面白い。ただ、このオムニバスのタイトルが「風水渙」。判り難い表現で損していないか?
そして「高原の残生」他九短篇、さらに(皮肉なことに小説より有名な)「探偵小説芸術論」的随筆十一篇、殆ど単行本初収録。彼のエッセイにはもっと激しく甲賀三郎や乱歩に毒付いているものもあるが、その辺は今回避けられているようだ。木々を出すのなら論争の宿敵・甲賀三郎も対比して読まれるべきで、木々・甲賀そして大下宇陀児は現在彼らの作品の多くが現行本で読めないのだし、少しずつでも紙の本で刊行されてほしい。論創ミステリ叢書においては久山秀子でさえ四冊出ているのだから、この三人の巻はもっとあって当然というもの。
「木々の選集が東京創元社にて現在企画中」と云われながら、既に何年経ったことか。同時期に日下三蔵がプレゼンした海野十三は創元推理文庫で四冊リリースされたというのに、なんで木々ばかりこんな放置プレイ扱い?
(銀) 木々の単独ガイドブックみたいなものは現在ないが、二十年ぐらい前に彼の故郷・甲府の山梨県立文学館にて松本清張と木々高太郎の展覧会が開催され、その時に図録「松本清張と木々高太郎」が発売された。これはなかなかよく出来ているので持っている価値がある。
更に山梨県立文学館のその他の刊行物の中には、当時木々宛てに送られた書簡を収録したものもあり、江戸川乱歩・海野十三・水谷準・夢野久作・小栗虫太郎・甲賀三郎・大下宇陀児らの書簡を読むことができる。