2020年8月5日水曜日

『木々高太郎探偵小説選』木々高太郎

2010年7月1日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第46巻
2010年6月発売




★★★★★   探偵小説に直木賞なぞ要らない



戦前探偵小説家の中では知名度の割に人気が無い木々高太郎。その訳は本書解説でも述べられているから読んでほしいが、それだけではあるまい。才能の捌け口が探偵小説に集中できなかったとは云うが、特に戦後は小説を書く事に心血を注ぐよりも探偵文壇に火種を巻いて高木彬光を 敵に回したり、若手世代にいまいち人望を得られ無かった(特に本格派、というか乱歩派の後輩作家に)。それに詩人という資質の投入、それもひとつのトライではあるのだが探偵小説に必要な色気を失いはしなかったか。直木賞受賞長篇『人生の阿呆』を褒める探偵小説ファンの声は あまり聞かない。


 

かなり久しぶりな木々の新刊となる本書。政略結婚に戸惑う令嬢と謎の青年紳士を主人公にした「四十指紋の男」「獅子の精神病」等、全8話からなる連続短編オムニバス、これはなかなかの佳作。木々とルブラン、意外な取り合わせだがこれは明らかに『八点鐘』の手法。      戦前の日本探偵作家に与えたルブランの影響がこんな処にまであるのがわかる。       ただ、このオムニバス作のタイトルが「風水渙」。判り難い表現で損していないか?


 

そして「高原の残生」他 9 短篇、更に(皮肉な事に小説より有名な)「探偵小説芸術論」的随筆11篇、殆どが単行本初収録。彼のエッセイにはもっと激しく甲賀三郎や乱歩に毒付いているものがあるが、その辺は今回避けられているようだ。                        木々を出すなら論争の宿敵甲賀三郎も対比して読まれるべきで、木々・甲賀そして大下宇陀児は現在彼らの作品の多くが現行本で読めないのだし、少しずつでも紙の本で刊行されてほしい。 論創ミステリ叢書においては久山秀子でさえ四冊出ているのだから、             この三人の巻はもっとあって当然というもの。


 

「木々の選集が東京創元社にて現在企画中」と云われながらすでに何年経ったことか。    同時期に日下三蔵がプレゼンした海野十三は創元推理文庫で四冊リリースされたというのに、    どうして木々はこんな放置プレイ扱いに?




(銀) 木々の単独ガイドブックみたいなものは現在ないが、20年位前に木々の故郷・山梨県立文学館にて松本清張と木々高太郎の展覧会が開催され、その時に図録「松本清張と木々高太郎」が発売された。これはなかなかよく出来ているので持っている価値がある。


 

さらに山梨県立文学館のその他の刊行物の中には木々宛に当時送られた書簡を収録したものも あり、江戸川乱歩・海野十三・水谷準・夢野久作・小栗虫太郎・甲賀三郎・大下宇陀児らの書簡を読むことができる。


 

探偵作家の書簡とか遺品を所有している文学館はこういう風に刊行物として誰でも読めるようにしないと、いくら貴重なものを所蔵していたってその中身を我々が知ることができず、      たまに展示するだけで単に保管したまま眠らせているだけでは宝の持ち腐れだ。山梨県立文学館のように刊行物を制作販売できる自治体は(金があるからできるのだろうけど)実に立派。  ただでさえ不景気が続いていた上にコロナの蔓延で経済は瀕死状態、00年代までは良い活動が 出来ていた施設も今では動きがとれなくなっているのかもしれない。