▼
▼
本作において、作者ジョン・ディクスン・カーが提示する主だった謎は次の四つ。
A 編集者であるエドワード・スティーヴンズが預かった作家ゴーダン・クロスの新作原稿。そこにクリップ留めしてあった写真に写っていた1861年に処刑された女毒殺魔の顔がエドワードの妻マリー・スティーヴンズに瓜二つだった事。
B 病死と思われたデスパード家の当主マイルズの死因に 〝他殺〟の線が浮かんできた事。
C マイルズの死の直前に家政婦ヘンダーソン夫人が偶然覗き見た、当主の部屋にいた謎の女。そしてドアの無い筈の壁から姿を消したその女は果たして生身の人間か? 幽霊か?
D 当主を継いだマーク・デスパードは叔父毒死の疑惑に駆られ、エドワード達を伴い法に背いて隠密にマイルズ叔父の霊廟を暴くがそこに屍は無く、再び幽霊説・秘密の抜け穴説に苦しむ事。
この長篇にカーのレギュラーである名探偵たち、H・M/ギデオン・フェル/アンリ・バンコランは不在。では、この超自然的事件を誰が解決するのか?その点もカーの他の作と比べて不安心理を増幅させる。
ネタバレになるからどれがどうとは書けないが A~D のうち、ある謎はいつものように伏線が張られ最後に「ああ、こういうトリックだったか」と感心するし、また別の謎は「略図ぐらい付けとかんかい!」と絡みたくもなる。ただ本作中、解決の瞬間に至るまで現在進行形で発生する事件は B ひとつだけ。にもかかわらず会話劇がよく書けているので、息つく間もなく結末まで右肩上がりに盛り上がってゆくのが見事。
▽
▽
Amazonに常時居座っているレビュー業者のめくら満点評価と違って、よく読まれておられる他のレビュアーの感想の中で今回の新訳に不満をもらしている方がある。私も翻訳小説の日本語としてもう少し消化できないかと首を傾げる点は若干あったし巻末解説に一言申したくもあったがカーの原作そのものは日本人探偵作家にはとても書けないビザールな造形美なので ☆ の減点はしなかった。
(銀) 『推理小説月旦』にて、「名探偵・トリック至上主義の本格は好みではない」と斬っていた渋澤龍彦でさえ、本作については褒めていたのが印象的だった。これはつまり〝容疑者への事情聴取がずっと続いて登場人物が将棋の駒のように扱われる〟ような本格長篇の作風を嫌う人でさえも酔わしてしまう、怪奇ロマネスクの香りが本作には備わっている事を証明している。
ただ、この手のエンディングは何度もやると鮮度が失せてしまう。一度っきりにしておくのが効果的なのだ。