2006年12月発売
★★★★★ 正史の翻訳作品はまだまだ埋もれている
「昭和ミステリ秘宝」の中でも群を抜くお宝の一冊。お断りしておくが、初心者がいきなり手に取る本ではないかもしれない。D.K.ウィップルにしろファーガス・ヒュームにせよ、余程のコアなミステリマニアしか知らない古典的探偵作家だ。しかし、翻訳者が横溝正史となれば話は別。「二輪馬車の秘密」は編集長時代の正史が「陰獣」を書かせることによって江戸川乱歩を『新青年』へ再登場させる引金となり、「鍾乳洞殺人事件」は正史が翻訳を手掛けたのは昭和7年のことだが、自身が戦後に「八つ墓村」を生む為の素材となった。そういうエピソードを踏まえて読むと味わいもひとしおなのではないだろうか。
巻末の解説も詳細で判り易い。テキストが初出時と単行本で異なる「二輪馬車の秘密」は、その両方をしっかり比較掲載している。凡手の仕事ではない。この「昭和ミステリ秘宝」シリーズには『真珠郎』もあり、角川文庫よりはるかに丁寧な校訂・解説がなされているので、未読の正史ファンの方には是非こちらをお勧めする。
横溝正史にはまだ多くの翻訳作品が埋もれたままになっている。別名義だったり渡辺温や延原謙達との合同ペンネームで、どちらの筆によるものか判別がつかないものもある。著作権の問題があるのかもしれないが、これだけ時を経ているのだから少しでも正史訳の可能性がある作品は、この際纏めて刊行できないものか。「横溝正史翻訳コレクション」の続編を心待ちにしたい。
(銀) ハイレベルな内容の正史本ほど続かない・・・こんな良い本なのに。濃密な解説を書いている杉江松恋がこの本の編集・構成も担当しているのかはわからないが、コンパクトな文庫でも『横溝正史研究』よりずっとこちらの方がためになるし、このシリーズを杉江の監修(?)で続けてもらって正史の翻訳を全部フォローして頂きたかったのだが。
金田一オタが興味を示さないであろうことは容易に想像できたが、横溝正史だけでなく探偵小説を広く読むような人達が買っても、あまり本書の在庫は捌けなかったのかな。この「昭和ミステリ秘宝」も終わってしまって実に残念。
いま本書は文庫としてでなくオンデマンドのペーパーバックとしての流通なのだが、装幀が簡素な上に価格が2,530円って文庫版の倍以上・・・?