2020年7月22日水曜日

『瀬下耽探偵小説選』瀬下耽

2010年4月26日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第42巻
2009年11月発売



★★★★★   日本のポオ、珠玉の一冊




雑誌『幻影城』、いや戦前の頃から延々と、長きに渡り待ち望まれていた瀬下耽の著作集がようやく出た。エドガア・アラン・ポオ風なテイストを和の舞台に旨く展開しており、本格派で鳴る鮎川哲也でさえ高く評価していた人である。戦争による国内状況の悪化で探偵小説が自由に書けなくなる昭和13年頃までに長篇をひとつでも発表していたら、最初の著書はもっと早くに出せていたかもしれないが。

 

 

「危険・・・島に踏みこむべからず・・・恐るべき伝染病発生す・・・全島に生存者なし」

多くのアンソロジーに収録されている有名な「柘榴病」以下、『新青年』が最も華やかだった時期を中心に発表された22本の短篇+随筆1篇を収録。その内18篇が単行本初収録。

 

 

新潟の柏崎出身。著者のルーツとも言うべき〝海〟に纏わる静かな恐怖を湛えた「海底(うなぞこ)」「R島事件」「欺く灯」「罌粟島の悲劇」「海の嘆」。かと思えばトリッキーな一面も覘かせる「四本の足を持った男」「呪われた悪戯」。恋人との性的情事を覗く老隣人に残酷な仕返しを企む「覗く眼」。

 

 

瀬下耽は『江戸川乱歩と13人の新青年〈文学派〉編』(光文社文庫)でも夢野久作「押絵の奇蹟」や大下宇陀児「情獄」等と並び、情操派の一人として採り上げられていてバリバリ変格探偵小説の書き手だが、その文章のテクニックはとても読み易い。江戸川乱歩「踊る一寸法師」や横溝正史「誘蛾燈」のような怪奇譚が好きな方は是非手に取ってほしい。そして本書が気に入ったなら、この論創ミステリ叢書の『西尾正探偵小説選』と国書刊行会の〈探偵クラブ〉シリーズ『股から覗く』葛山二郎も強く薦める。

 

 

 

(銀) 日本海側の〝海〟には数える程度しか行ったことがない。大学時代に初めて友達と新潟まで足を延ばして海水浴場で泳いだ時、真夏のカンカン照りの日だったのに、太平洋側とは比べものにならないぐらい海水が冷たいのにはビックリした。それからまた十年ほど経った旅の機会で北陸の海沿い道路を車で走行していた時にも、江戸川乱歩の名作「押絵と旅する男」を思い出し、裏日本の持つ独特の陰鬱さ・寂寥な潮の香りをより一層感じたものである。

 

 

瀬下耽作品の持つムードはあの寒さが厳しい土地がもたらしたものだという見方には、ただ黙って頷くばかり。