2020年7月28日火曜日

『ゴルゴ13/㉗芹沢家殺人事件』さいとう・たかを

NEW !

リイド社 SPコミックス
1978年1月発売



★★★★★   「すべて人民のもの」あたりまでの
         ダイナミックな質感のゴルゴが好きだった




この項では「芹沢家殺人事件」及びジョン・ディクスン・カーのある短篇のトリックに言及した文章を書いています。どちらとも既読の方ならばOKですが、どちらか一方でも未読という方にはネタバレとなってしまいますので、ここから下は決して読まないで下さい。

 

 

「ゴルゴ13」の数あるエピソードの中で、デューク東郷の正体に迫る物語のことを〈ルーツ編〉と呼ぶ。おしなべて〈ルーツ編〉は通常のエピソードよりも人気が高いのだが、本項にて扱う「芹沢家殺人事件」は特に読者投票をすればゴルゴ全エピソードにおける人気第一位を獲得してもおかしくないほど熱烈な支持を受けてきた。

 

 

● 第100話「芹沢家殺人事件」 『ビッグコミック』1975年 第2022号掲載


敗戦から一年近く経った日本。芹沢という一家の主と四人の息子達が無残に射殺される事件が起きた。警察が駆け付けた現場の芹沢邸では、血の海となった部屋で五男にあたる幼い芹沢五郎が泣きじゃくっているだけ。兇器の拳銃は裏庭の井戸から発見されるが、肝心の五郎少年は事情聴取を受けても無言でうなだれたまま。そして芹沢家の疑わしい点が次々と浮上してくる。



①   事件の一週間前、芹沢家の母親が何者かに殺され水死体で発見されていた

 

     芹沢家の住人のうち、末っ子のひろ子と唯一の使用人である老婆くめは

                               事件直後行方不明に

 

     芹沢家は豊かな生活を送っていたが、その財源は一切不明

 

     芹沢家の男子は戦争中だれも軍隊へ召集されていない



家族を失った五郎少年は遠縁の親類・佐久間茂造に引き取られ、GHQ占領下における障壁もあり警察の捜査は深い闇へと入り込んでしまった。








それから十五年、事件は時効を迎える。ずっと芹沢家の謎を追ってきた捜査担当の安井修記郎と後藤はその旨を伝えるべく神奈川県大倉に住む佐久間を訪ね、成人した芹沢五郎が冷たく一層無表情な男に変貌しているのを知る。一方では時効の日を待っていたかのように、行方不明だったひろ子とくめから警察へコンタクトが。十五年前の事件について固く口を閉ざしつつ、ひろ子は「私の指定するホテルで五郎と対面させてくれれば、何もかもお話しします」とだけ告げる。 

 

指定された横浜磯子プリンスホテルに芹沢五郎はやって来た。六階の別室に張込んでいる刑事達は615号室の中で待っているのがひろ子ひとりであること、更に芹沢五郎もまたひとりきりの手ぶらで615号室に入ったことを確かに目視する。再会したはずの兄と妹。しかし五時間が過ぎ、あまりに動きの無い様子に安井修記郎達は異変を感じ615号室のドアを乱打すると、中にいたのは芹沢五郎ただひとり。「この部屋には誰も来なかった」と彼はうそぶく。ひろ子はどこにも出口の無い部屋から消えてしまった!



ひろ子の行方も突き止められぬまま、佐久間茂造とくめ、芹沢家ゆかりの二老人がいずれも遠方から後頭部を一発で撃ち抜かれて射殺される。安井と後藤は拘束した芹沢五郎の犯罪を証拠不十分で立証できず彼を釈放、そして五郎は海外へと逃亡するが・・・。





最後の最後になってゴルゴの存在が表に出てくるが、顔写真一枚だけで Gは結局その姿を一度も見せることがないという、この際立った演出が実に効果的。

 

 

よく「猟奇色の濃いストーリー」と絶賛される「芹沢家殺人事件」のミステリ的なハイライトは密室でのひろ子消失。おとといカーの「妖魔の森の家」を取り上げたので、トリックが共通するこちらも是非紹介してみたくなった訳だが、同じ人間消失でも「妖魔」より「芹沢家」のほうが跡形も無く事を処理するので、足が付きにくいのはこちらだろう(昔は科学的な捜査メソッドが現代ほど進化していない点に留意)。

だがこのトリックは「芹沢家」の場合だと、いくら剛力な者でも嵩張らない刃物だけで完遂するのは絶対に無理、ある程度堅いものを細かく砕く道具が必要になる。ひろ子と五郎は警察にバレずにその道具をどうやって持ち込みどう処理したのか、ディティールの推理まで描き込んでほしかったと思う。



「芹沢家殺人事件」以外にも「ゴルゴ13」の脚本家はミステリをよく読んでいるな~と思わせるエピソードがあって、例えば第5話「檻の中の眠り」で脱獄不可能な離島の監獄からゴルゴが脱出する方法は、楠田匡介の小説にでもありそうな上玉のネタだ。







(銀) 初期の「ゴルゴ13」は本当に面白い。しかし以前話題になったのだが、ゴルゴは世界中どころか宇宙にまで行っているのに、朝鮮半島(北朝鮮・韓国)を舞台にしたエピソードはどうして皆無なのだろう?この件だけ抗議が怖くて、さいとう・たかをの腰が引けているとは思いたくないのだが。

 

 

ところで豆知識というほどでもないけれど、権力に弱みを見せなさそうなさいとう・たかをの作品でさえ、近年の単行本では言葉狩りを許している。たまたま私がそれに気付いたのは『ビッグコミック』の版元・小学館から2002年に出た『Best 13 Of ゴルゴ13』という、読者の人気が高いエピソードを集めたアンソロジーを読んだ時のこと。





そこに収録されていた第1話「ビッグ・セイフ作戦」。MI6の会議中、殺しのプロ・ゴルゴ13の素性が説明されるシーンにおいて「本当におしなのかもしれない」というセリフが「しゃべれないのかもしれない」に変えられていたのだ。

 

 

これを見る限り、初期エピソードの中のいわゆる〈不適当用語〉などと云われるワードについて近年の本では書き換えられている可能性が高い。細かく調べていないので断定はできないが、大手の小学館が出しているコミックスだとほぼ言葉狩りされていると思われる。さいとうプロ系列のリイド社から出ているSPコミックスの最近の版でもそうなのだろうか?