2020年7月18日土曜日

『乱歩おじさん ~ 江戸川乱歩論』松村喜雄

2009年11月7日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

晶文社
1992年9月発売



★★★★★  乱歩研究・影の立役者の傑作評論





若き日の山前譲・新保博久は池袋江戸川乱歩邸の土蔵に眠る蔵書類についてデータ整理するよう声を掛けられ、それによって何冊もの乱歩本を世に送り出す成果をものにする。その乱歩研究を山前・新保両者に指示したキーマンはこの人、松村喜雄。




随筆の中で松村の事を「ミステリ中毒の親戚の少年」と書いているように、江戸川乱歩(=平井太郎)は祖母・平井きくの妹の孫にあたる少年時代の松村喜雄を探偵小説の世界に誘う。その後著者は外務省勤務ながら作家・評論家としても活躍。1991年の時点で判明していた乱歩の小説(長篇・短篇・少年もの全作)と随筆集、さらに連作・代作まで一作一作を時系列に、親族ならではの滋味を湛えた回想、時には厳しい意見をも交えた本書は松村の遺作となった。




■ ポオを鼻祖とする独創的トリックの開発を目標に探偵小説家になった筈なのに、乱歩は初期の「二銭銅貨」「一枚の切符」の時点で既にこの路線に絶望したのでは?という見解


■ 低調といわれる時期においても、「目羅博士」や「電人M」のように突然良作を生む乱歩は一筋縄ではいかないこと


■ ミステリ執筆において最も大切な事を松村が乱歩に尋ねると、トリックやアイデアではなく「まず文章だね」との答えが返ってきたこと、等々。




それまで定説になっていた乱歩批評を闇雲に引用せず、独自の印象で見た乱歩像を捉えている。現在乱歩研究はあらゆる方面に進化しているが、今でも本書が指標となっている点は多い。私は特に、謎が多い乱歩の弟・平井蒼太にも触れた第八章の「代作問題について」が面白かった。




実物そっくりに復刻した東京創元社版『貼雑年譜』や光文社文庫版江戸川乱歩全集の刊行を見ることなく、1992年に松村は腎機能不全にて亡くなった。氏のもうひとつの労作であるフランス・ミステリ評論集『怪盗対名探偵』と本書を読まずして探偵小説ファンにあらず。





(銀) 本書は刊行されて即、神保町の三省堂で買った懐かしい記憶がある。乱歩書籍の中でも何かあると本棚から取り出して読み返すぐらい愛着のある一冊。戦後ではなくて若い頃の乱歩の写真をカバーに使っているところも好ましい。何が優れているって〈身内としての回想〉と〈愛する作家としての評論〉、その二面が両立しているところ。著者は健在だったらもっと推敲したかったそうだけど、どの部分に手を入れたかったんだろう?


松村と共に、若い頃乱歩に目を掛けられていた花咲一男の私家本『雑魚のととまじり』が幻戯書房から新編集で再発された。ここでもつい乱歩ネタを求めてしまうのだが、松村喜雄のことも含めてそっち方面への言及はさほど多くない。頁数も多くないわりに価格が4,400円もするから、この版元はいけすかないのだ。