2020年7月8日水曜日

『延原謙探偵小説選』延原謙

2009年5月23日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第32巻
2007年12月発売



★★★★★   シャーロキアン + 戦前探偵小説ファン必読





延原謙の創作が一冊の本に纏まるのは初めてではないだろうか。近年、シャーロック・ホームズ全集は河出書房新社・光文社・偕成社・東京創元社・ちくま等々あらゆるバリエーションで出版され、我々読み手は好みの訳を容易に選ぶことが可能だが、最も馴染深いのは日本で初めてのホームズ譚完訳を成し遂げた著者による旧新潮文庫版に相違ない。現行の新潮文庫は読み易くするため若干言葉の改変がなされており、私はそういうリニューアルは好まない。延原が生きた時代の雰囲気が消されてしまうからだ。

 

 

先駆者としての、ホームズを中心とした翻訳裏話に関する随筆が面白い。ホームズ譚完訳作業が徐々にライフワークとなってゆく過程に感動さえ覚える。勿論『新青年』編集長としての顔もあり。創作短編20本、それと一時期幻のホームズ譚と云われ(実は贋作)、月曜書房版ホームズ全集に延原訳によって収録されたあの「求むる男」も収録。また20092月にはシャーロキアンである中西裕の延原謙評伝『ホームズ翻訳への道』も発売された。本書と対をなす好文献なので、両方合わせて読む事をお薦めする。

 

 

上記二冊の延原本を読んでひとつ気になった点がある。横溝正史の戦前の別名義「岡田照木」は延原謙との兼用ペンネームだったと云うが、『横溝正史翻訳コレクション』の浜田知明による翻訳リスト付記では延原単独によるものと断定していて、その根拠が薄弱で納得がいかない。その事がこの二冊でも触れてあればよかったのだが。

 

 

 

(銀) 岡田照木や霧島クララといった、『新青年』時代に複数の人間によって使用されていると思しき博文館関係者ペンネームの正体は今でも完璧には解明されていない。ひとり=ひとつの別名義ペンネームと違い、調査を進めても裏取りする材料が残っておらず、どうにも悩ましい問題ではある。

 

 

延原の創作を読むと頭ひとつ抜けて優れている程のものは無いのだが、それでも本巻では出来の良い作品を最優先して収録しているし、翻訳仕事に関するパートが創作パート以上に面白い内容だったので満点にしている。だが『延原謙探偵小説選 Ⅱ』はそんな興味深いエッセイ・パートも無く、創作パートの質が低すぎて読み通すのが苦痛であった。